5.だれのものでもない乳首(13)
「ど、どういうことだよ?」
「だからさ、おまえらの七月二日のアリバイだよ。
サークル室を最後に出たのはおまえらなんだろ。そのあと、どうした?」
「トモ、おまえなあ――」
「人にアリバイを訊くときはまず自分から言うのが礼儀ってもんじゃないですか」
憤懣やるかたないという顔で春樹は僕を睨んだ。
左の鼻の穴からは青白いパステルカラーの液体が垂れていた。
夢に出てきそうだ。
「そんな礼儀はないだろ」
「ありますよね、堀井さん」
春樹は同意を求めた。
頼りの堀井は鼻からクリームソーダを滴らせている後輩を見て爆笑した。
春樹はなんで笑われているのか気づかず、なんですかあ、なんですかあ、と身悶えして笑う堀井の身体を揺さぶった。
堀井は、やめろ、近づくな、と裏返った声で、止まらない笑いの下から苦しそうに答えた。
「しょうがないな。春樹、鼻拭け。
汚いな、まったく。
ティッシュとか持ってないの?
そこにナプキンがあるだろ、それ使えば。
わかったよ、僕が先にアリバイを言えばいいんだろう?
えっと、さきおとといは〈パブロフ〉からその足でバイトに行って、バイトが終わったらまっすぐ家に帰ったよ。
アリバイって点ではちゃんとしてる。
さあ、次はそっちの番だよ」
春樹が紙ナプキンで鼻をかんだ。
脳みそまで噴き出しそうな音が店中に響いた。
入口近くにいた女のグループが僕らを見て笑った。
「聞きたいんなら教えてやるけど、こんなの、トモ、おまえらしくないな。
探偵の真似っこなんてミロクさんに任せておけばいいんだ」
堀井は両手の人差指で涙を拭った。息が切れていた。
「耳をプレゼントされたのは僕なんだぜ」
「そんなの偶然じゃないのか。
たぶん、あれは紙袋を置いた棚が、たまたまおまえのところだったんだ。
考えてみろよ、どうしてトモでなくちゃいけない?
そんな理由なんてないじゃないか」
理由なんてない?
堀井が僕と十三貝さんの関係を知らないのはまちがいないようだ。
十三貝さんは若菜のほかには喋らなかったのだろうか。
僕らのナイショはナイショのままか。
しかし、それならそれで、問題は堀井の言うとおり、なぜ僕でなくてはいけないのか、だ。
堀井のことばは、
〈パブロフの猿〉代表である自分を差し置いて一介の構成員にすぎない水岡智徳なんぞの棚に耳を残すなんて理不尽だ、
という低劣な嫉妬から出たものにすぎなかったが、たくまずして正鵠に近い処を射ていたわけだ。
「だからこそ、その謎を解かなくちゃ。
ほかのメンバーでなく――たとえば代表堀井でなく――どうして僕だったのか。
これは僕自身の問題なんだよ」
「そんなの偶然だってば」
「それならそれを証明しなくちゃいけないんだ」
乳首が送られてきたことは黙っていた。
もう偶然ではかたづけられない状況だが、そこまで堀井に教えてやる必要はない。
「で、おまえのアリバイは?」
その質問は横から春樹が引き取った。




