5.だれのものでもない乳首(12)
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僕はカトレアで堀井と春樹を見つけた。
二人は長椅子に並んで座っていた。
春樹が身をかがめて堀井の手にある物を見ていた。
不器用な堀井に鶴の折り方を教えているように見えたが、そうではなかった。
僕が前に座っても二人は気づかなかった。
堀井が持っていたのは携帯電話で、どうやら二人は長文のメールを読んでいる最中らしい。
春樹は無造作に立たせたアッシュの髪先をしきりにひねっている。
堀井の鼻孔が開いているのは夢中になっている証拠だ。
お姉さんからおばさんへ一歩足を突っ込んだようなウェイトレスが注文を取りに来て、僕はアイスコーヒーを頼んだ。
春樹が顔を上げ、おわっ、と言った。
「びっくりさせんなよ」と僕は言った。
「びっくりしたのはこっちすよ、トモさん」
「大活躍だったみたいだな、ゆうべは」と堀井が言った。
「僕はくっついてただけ。大活躍だったのはミロクさんだよ。ちさとに聞いたの?」
「いや。メール」と携帯電話を掲げてみせる。
便利なガジェットだ。うらやましい。
「今、読んでたとこ」
世界は二重化されている。
携帯電話とeメールは、僕の知らない世界を確実に作り出している。
僕は、堀井のところへ、山口のところへ、この世界の各点へ、点から点へと直にこの身体を運んで情報をやり取りしなければならない。
一方、ちさとやほかの連中のネットワークは、一気にすべての点同士で情報を交換しているのだ。
まったく見事と言いたいくらい、僕はこのネットワークから排除されていた。
いったん発信された情報がネットワーク全体に拡散するのを止める術も時間もありはしない。
昨日の冒険も、今日の朝には〈パブロフの猿〉全体に共有されている。
日記のことも、通帳のことも、秘密なんてどこにもない。
ここではだれが行動するかは問題じゃないのだ。
行動してもしなくても情報は入ってくる。
だれかが〈知っていること〉は即座に、だれもが〈知っていること〉に変化する。
ネット世界は常に/すでに均質化した情報の世界なのだ。
そこでは僕は空白の特異点だった。
悲しいというより苛立たしい。
そして十三貝さんも一つの特異点だった。
三日前に、二重化された世界のどちらからも突然消失してしまった十三貝美奈子。
この点へ到る道は今のところどちらの世界でも見つかっていない。
堀井は携帯電話をたたんでバッグにしまうと、氷が溶けて水とコーラに分離したグラスをストローで掻き回した。
ウェイトレスが運んできた二百二十円のアイスコーヒーは上あごに舌が粘りつくほど甘い。
安っぽいケチャップ味のナポリタンや、炒飯にカレー粉振っただけのドライカレーや、このティールームのレシピは二十年くらい昔からまったく変わっていないにちがいない。
どうしてこんなところで貴重なこづかいを消費しなければならないのか、と来るたびに腹が立つ。
しかも、今日は若菜にいやいや頭を下げて借りた千円から払うのだ。
大学の外にあったらとうに潰れてるぞ、とぼやく。
「やっぱり十三貝さんでしょうか」
「そうなんじゃない?」と僕は答える。
「きれいだったのになあ、ひどい話だよなあ」
せっかく会ったんだから予定を変更して、こいつらから最初に話を聞くことにした。
しかし、どう切り出したものか。
僕は刑事じゃないし、駆け引きなんて考えて人と話したこともない。
単刀直入に訊くことしかできない。
「アリバイは?」
堀井が、へ?、と言い、春樹はクリームソーダにむせた。




