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5.だれのものでもない乳首(11)

 学生ホールでは山口を見つけられなかった。

 あいつがどこにいるのか見当もつかない。

 これまでの僕は大真面目な学生だったから、授業時間中に仲間たちがどんなところにいるのか、まったく知らなかった。


 そういう情報に詳しいのは堀井だ。

 彼によればメンバーのスケジュール管理も代表の職掌なのだ。

 山口を探すにはまず〈パブロフの猿〉代表を探さなくては。

 もっとも、その堀井だってどこにいるのかわからない。


 学生ホールの前にウマノスケがいた。

 馬鹿でかいキャリーバッグの横でビデオカメラを片手にぼんやりしている。

 なにかを撮ろうとカメラを手にしたものの、肝心の撮りたいものを忘れてしまったみたいだった。

 こんな薄ぼんやりしたやつだが、僕の周囲ではいちばん表現する才能に恵まれた人間だった。


 学祭用のふざけた映画を撮り始めたと言っていたが、彼の才能はむしろ日常をビデオに記録したビデオ日記の方にあった。

 メジャーデビューへつながるようなものじゃない。

 しかし、実験的な映画のフェスティバルなどでは上映を要請されるようになっていた。

 単なる映画好きの大学生から、ひとりの映像作家として着実に評価を上げていた。


 そのウマノスケが陽射しの漂白作用で鮮やかな色を失ったキャンパスを眺めていた。

 僕の方は見ずに、フランク・キャプラの『失われた地平線』を見たことがあるか、と言った。

 僕が否定するとカメラを持った腕でまっすぐ芝生の方を差した。

 シャンバラの白だよ、と呟くように言った。

 薬でもやっているのかと疑ったがそうではなかった。

 彼は世界をあまねく満たしている強い光に感動していたのだ。

 僕はウマノスケのこういう非実用的なところが好きだった。


「うちの代表見た?」


 ウマノスケは黙って首を振った。


「山口はどう?」


 彼は同じ反応を返した。


「『失われた地平線』て面白いの?」

「そんなに。ただ、妙に白っぽい映画なんだ」

「こんな感じなのか」

「そう。こんなふうに空疎なんだが」


 僕らは並んで白いキャンパスを眺め、視線を交えることもなく、まるで小津映画のように会話した。


「ああ、そういえば春樹には会った。カトレアに行くって言ってたが」


 光あるところ影あり、堀井あるところ春樹ありだ。

 二号館二階のティールーム〈カトレア〉へ行ってみることにした。


「そうか。ありがと」

「『失われた地平線』なんて見なくてもいいけど、この白は覚えておいた方がいい。ビデオじゃ上手く撮れそうにない。記憶しておくしかないみたいだから」


 おう、と答えてウマノスケと別れた。

 歩きながら白いキャンパスを見た。

 この白をいつまで覚えていられるだろう。

 十三貝さんのことよりも長く覚えていられるだろうか。


 そういえば若菜からウマノスケに礼を言うよう命じられていたんだっけ。

 たよりにならない記憶力だな。

 若菜の命令なんて、まあ、どうでもいいことだろう。

 だいたい彼女が助けられたことにどうして僕が礼を言うんだ?


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