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5.だれのものでもない乳首(9)

     ◆


 警察は簡単にすんだ。


 縹刑事が出てきて封筒を受け取った。

 彼は中身をたしかめるとため息をついて首を振った。

 すでにこの事件が面倒になっているようだ。

 僕が二年前の十三貝さんとの関係を話すと、特別な関係の女の子はいないって話だったでしょう、と眉をひそめた。


「二年も前のたった二週間だけの関係だったし、だれも知らないはずだし……」


「だれにも知られていないなんてどうして断言できます?

 彼女はストーカーされていたって話も聞きましたよ。

 その時期、彼女をつけ回していれば当然あなたたちの関係にも気づいたでしょう。

 ストーカーにはショックだったにちがいありません。

 そのことでずっとあなたを恨んでいたかもしれない」


「じゃあ、山口が――」


「そう、短絡的に決めつけるわけにはいきません。

 一つの可能性としてあるというだけです。

 たとえば、どうして今なのか、二年前にやればよかったんじゃないのか、という反論だって考えられるでしょう。

 それにまだあの耳が十三貝美奈子さんのものだと特定されたわけでもないんですから」


 縹刑事はゆうべのような先走った行動は慎むようにと何度も繰り返した。

 そのたびに僕はうなずいたのだが彼には信用できなかったらしい。

 もっとも、こっちも十三貝さん捜索の意志を固めていたのだから、その不信感はまったく正しかった。


 明日、十三貝さんの母親が田舎から出てくる、と縹刑事は言った。

 母親立ち会いであの部屋の捜索を行うのだという。

 テレビのニュースで言うなら「なんらかの事件に巻き込まれた可能性があると見て」ということだろう。


「お母さんはあなた方のだれかに会いたがるかもしれません」


 縹刑事は僕の眼を覗き込んだ。

 疑われているのか。

 鳩尾の辺りが酷く重くなる。


 話題を変えようと、姿を見せない村上刑事はどうしたのか訊ねた。

 縹刑事は、それが余計な質問なんです、と前置きして、彼は非番だと教えてくれた。


「こんなときなのに」

「こんなときでもです。

 休めるときに休まないと。

 これからしばらく休みが取れなくなるかもしれませんからね」


 休みが取れなくなる――嫌な言い方だ。


 警察を解放されると大学へ行った。

 山口と話してみるつもりだった。

 あいつは僕と十三貝さんとの関係を知っていたのか。

 そして僕らを恨んで――。


 十三貝さんとの関係はだれも知らないはずだ、と今朝までは信じていた。

 しかしプラトーで若菜の話を聞いてからは断言できなくなっていた。

 意外と知れ渡っていたのかもしれない。

 みんな僕に黙っていただけなのだ。


 若菜の話とはこういうことだ。


 若菜が入学してすぐ僕は彼女を〈パブロフの猿〉へ連れて行った。

 若菜をサークルに勧誘したということではない。

 顔見せ程度の意味だった。

 そのときサークル室には十三貝さんもいたらしい。

 らしいというのは、そのときのことを僕がすっかり忘れていたからだ。


 翌日、若菜は学生ホールで十三貝さんに会ったのだそうだ。

 お互いひとりでいて、十三貝さんの方から近づいてきたのだという。

 どこに住んでるとか、好きな作家はいるかとか、そんな他愛もない話がしばらく続いた。


「それでね、あの人、突然、トモと寝たことがあるって言ったの」


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