5.だれのものでもない乳首(8)
ピンクのスクーターに乗ったピンクのヘルメットの若菜が、これからジャンプ台に向かうようなスピードで駐車場へ突っ込んできたのは、電話から十五分後だった。
若菜はわざとらしく右足を引きずりながら僕らの前に現れた。
座る前にカツの頭をひっぱたいた。
「朝飯を奢らせてやるってのが人に頼みごとをするときの言い方か? あン?」
彼女は僕に奥へつめろとあごをしゃくると、カツの正面へ腰を下ろした。
「これだから貧乏人はイヤ。
いくらひもじくったって、お金を持たずに食べ物屋さんへ入っちゃいけないの。
わかってた、二人とも?」
「ひとつ勉強になったよ」と僕は答えた。
「せっかく来たんだから、面白い話を聞かせてやるよ」
カツは言った。
「おまえを家に送って行ったあと、トモ君がちさとチャンとどこへ行ったか知りたくないか」
若菜の顔から一瞬で不機嫌さは消え去った。
かわりに照れたような表情が現れた。
白かった頬が赤く染まった。
どうしておまえが赤くなるんだ、と僕は内心つぶやいた。
「エー、ヤダー、トモったら!」
「おまえ、勘ちがいしてるよ」
「やだ、もう、トモったら照れちゃって。でも、良かったね」
「良かない」と僕は首を振った。
カツが立ち上がった。
「おれ、もう行くわ」
「どこ行くんだ?」
「仕事へ行くんじゃないの? きっとあんたのこと妬いてんのよ」
「こいつ、夏休みなんだぜ、今」
若菜を僕に押しつけようとするカツへ、ちょっとした仕返しだった。
「エー! あたし、聞いてない、そんなの」
若菜の顔がまた不機嫌モードに戻った。
子どもかカエルのように頬を膨らませる。
「おととい、急に決まったんだよ」
「おとといの電話じゃなにも言ってなかったじゃん」
「いいじゃん、こんなこと話さなくったって。
それに、休みったって、おれにはやらなきゃいけねえことがあんだよ」
「なによ、やらなきゃいけないことって?」
「探しもの。――ま、詳しいことはいずれ。じゃあね」
カツは三歩歩いて振り返った。
「あ、そうだ。若菜、ごちそうさま。これでひとつ借りな」
カツは右手を振って――まるで人差し指のことを僕らに忘れさせまいとするように――出て行ってしまった。
図書館まで歩けばちょうど開館時間かな、と僕は考えた。
カツの探しものなんてどうせ本に決まっている。
今日は午前中図書館で、午後は〈城〉だろうか。
「さて、智徳さん、お話うかがわせていただきましょうか」
若菜はカツが座っていた場所に席を移ると、上目遣いに僕を見つめた。




