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5.だれのものでもない乳首(5)

 マスターと、健オジと、うちの父は、高校の同級生だった。

 地元では「××高の三馬鹿」と呼ばれていたらしい。

 もっとも、それは「なにかと目立つやつら」といった褒めことばだったようだ。


 三人は揃って同じ国立大学に進学し、ひとりは弁護士になった。

 ひとりは事業を起こして一時の成功の後に失敗し全財産と家族の信用を失った。

 もうひとりは二年で社会人をリタイアした後、インドを彷徨うこと十年、帰朝してカレー屋を開いた。


 てんでんバラバラな人生を歩んできたものの、今は三人揃って同じ町内に暮らしている。

「三馬鹿」は死ぬまで「三馬鹿」なのだろう。


 母は「三馬鹿」と高校で出会った。

 今でもマスターのことは吉田クンと呼ぶし、若菜の父親のことは健チャンと呼ぶ。

 母の世界では健チャンが実直一方の代表であるのに対し、吉田クンは〈諸悪の根源〉的役割を担っている。


 僕らに煙草や酒を教えたのはマスターだった。

 家に置いておけないような雑誌を預かったりするのもマスターだった。

 カツが中三の春に家出したとき、一週間隠れていたのもマスターの家だった。

 マスターは母の追及にしらを切り通したが、毋の眼を欺くことはできなかった。

 吉田クンは嘘をついているとき鼻の頭に汗をかく、と母は後に語った。

 家出七日目の朝に、母はマスターのアパートへ奇襲をかけて、ゴミとも生活用品とも区別のつかない集積の中に埋もれている息子を発見したのだった。


 うちの息子たちが馬鹿なのは半分は吉田クンのせい、と母は言う。


 だからといって母がマスターを嫌っているわけじゃない。

 健チャンよりも吉田クンの方が好きかもしれない。

 吉田がインドへ逃げていたときはずっと心配してたんだぜ、という父の証言もある。


 きっと今頃、母は電話で吉田クンを叩き起こしているんだろう、と考えながら、僕はカツが待つファミレスへ急いだ。


 二十四時間営業のファミリー・レストラン〈プラトー〉では、夜勤のウェイターの死相とさえ見える疲れた顔に出迎えられた。

 吐き気をこらえながらのような「いらっしゃいませ、プラトーにようこそ。おひとり様ですか」の声に、連れが来ているから、と答えてカツの姿を探した。


 カツは窓際のボックスで煙草を吸っていた。

 顔は窓の外の駐車場に向けられている。

 悩んでいるような表情だった。

 しかし、僕に気づくといつもの世間を馬鹿にしたようなヘラヘラ笑いを口の端に取り戻した。


「早かったじゃん」

「吉田のおじさんに訊けって言って逃げてきた」


 カツはクックックッと意地悪く笑った。


 僕はコーヒーとフレンチトーストを注文した。


 カツはポケットから封筒を出して、僕の前へ滑らせた。

「クリスマスは楽しかったか」と言った。


 なにを季節はずれなことを言ってやがる――

 と乳首に同封されていたカードを封筒から取り出すと、そこにカツの言ったことばが記されていた。

 手書きではなくワープロの文字だった。


 ――クリスマス?

 ……あの年のクリスマスのことだろうか。


「説明しろよ」とカツが言った。


 僕は昨日の〈パブロフ〉のミーティングのことから始めて、十三貝さんの部屋へ行ったこと、そこで見つけたもの、見つけられなかったもの、ミロクさんの推理までことごとくを語った。

 時間のかかる話だった。

 その間にコーヒーを三杯お替わりした。


 ただ、語らなかったこともある。

 二年前の十三貝さんとの短いつきあいのことは黙っていた。

 このことについてなにも言わないのは母との約束だったからだ。


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