5.だれのものでもない乳首(2)
ヤカンが興奮した鳥のように鳴り出した。
カツが慌てて火を消した。
「開けるしかねえよ」
またカツが言った。
「なにが入ってるかわかって言ってるのか」
「開けてみなくちゃわかるわけないだろ」
「予想はつくだろ?」
「そりゃね、たぶんそうなんだろうけどな。だからって開けずに捨てるわけにはいかねえだろ」
カツがコーヒーを入れた。
僕は熱く薄いコーヒーで舌を焼いた。
封筒を捨てることは考えていなかった。
このまま警察へ渡すのも選択肢の一つだ。
「それを送ってきたやつは、おまえに見て欲しがってるんだからさ、期待に応えてやれば?」
「だからこそ見ないというのもアリじゃないかな」
「そんなのナシに決まってんだろ。
犬の糞から眼をそらしたって踏むときゃ踏むんだ。
踏みたくなけりゃちがう道を行くしかない。
だけど、どうやらおまえには道を選ぶ権利は与えられてねえみてえじゃん」
そうなのか。カツの言う通りなのか。
――僕には選ぶ権利はないのか、それともどの道を選んでも同じ道なのか。
僕はため息をついて封筒を取り上げた。
頭の部分を一気に破る。
中を覗いてみた。
ビニールのパケとピンク色のカードが見えた。
逆さにすると、パケはまるでそれを待っていたようにテーブルへ落ちた。
透明なビニールを通して黒ずんだ丸い物が二つ見えた。
初めはわからなかった。
悪性腫瘍か。
ドライフルーツにも見えた。
にじんだ血が乾いて表面にこびりついていた。
理解と吐き気は同時にやってきた。
僕はトイレに駆け込み、便器に顔を突っ込んで胃の中にあった物をすべて吐き出した。
吐く物がなくなっても食道は痙攣し続けていた。
にじんだ涙で視界が霞んだ。
耳のときはなんでもなかったのにどうしたことだろう。
僕を包んでいた世界は、縫い目がほころび、幾千もの部分にばらけてしまったようだった。
だれかが僕に罰を与えようとしている。
しかも、そこには理由など存在しないのだ。
‡ ‡
「こうしてると安心するの?」
十三貝さんは僕の頭を裸の胸に抱え込んで訊いた。
僕は彼女の心音を聞いていた。
「べつに不安じゃないよ」
「じゃあ、わたしが安心するのかしら?」
「不安なの?」
「……よくわからないわ」
彼女は僕の髪を撫でた。
「あなたとわたしじゃ造りがちがうもの。
あなたには不安と見えないものが、わたしには不安かもしれない」
すでに彼女の鼓動は平常に戻ろうとしていた。
僕の息の方が荒い。運動不足ということなのだろう。
大学とカレー屋と家の三点を永久運動のように回っているだけの生活では身体も鈍る。
「それってやっぱり不安だってことじゃないの?」
十三貝さんの笑いは細かい振動となって僕の頬に伝わった。
「そうなのかもしれない。
でも、わたしは安心なんかしたくない。
これは強がりじゃないのよ。
他人には不安としか見えなくても、わたしには生きる張りだったりする。
あなたには理解できないことね」




