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4.眼から隠すという露出(8)

「十三貝さんは?」

「いないよ」


「ミロクさんはなんでここにいるんです?」

「たぶんトモと同じ理由だよ。彼女のことが気にかかったんでね」


 玄関に立ったままでいるのも馬鹿みたいだったので、僕は靴を脱いだ。

 おいおい、そこら辺に触るなよ、とミロクさんが言うので、見ると彼は医者が手術のときにつけるような薄いゴムの手袋をしていた。

 そんなものを用意してきたということは、初めからこの部屋を調べるつもりだったにちがいない。


「捜査ですか」

「そんな御大層なもんじゃないよ。

 ただ〈パブロフ〉にあった耳が彼女のものなのかどうかだけでもたしかめたかったんだ」


「ピッキング?」とちさとが言った。

「え?」

「だって、鍵かかってたでしょう?」


 ミロクさんは、フフフ、と笑った。


「用意はしてきたんだけど必要なかったよ。鍵は開いてた。

 彼女は案外あれでそういうことにはルーズな性格なのかもしれない」

「それはないですよ。彼女は必ず鍵をかけます」

「妙に詳しいんだな、トモ?」


 僕は答えずミロクさんの脇を抜けて十三貝さんの部屋に入った。

 ミロクさんがつけたのだろう、クーラーが効いている。

 寒いぐらいの冷え具合からすると、クーラーはずいぶん前から稼動していたようだ。


 ウナギの寝床のようなワンルーム。

 カーテンの色も、ベッドの位置も、机の場所も、二年前と変わりない。

 壁の絵や文庫本用の小型の本棚など僕の記憶にない物もあったが、大きな変化はなかった。

 キャラクター物やフリルのついたインテリアは一切ない。

 無性的で機能主義的だ。


 床に雑誌が二冊とテレビのリモコン。

 小さなテーブルの上には、食べかけの南京豆の大袋と剥かれた殻の小さな山。

 散らかってはいたが、それは日常生活にさっくり剃刀を入れて、その切断面を見ているような散らかりようにすぎなかった。

 彼女がこの部屋から拉致されたとか、そんな部屋の状態ではなかった。


「なにかわかりました?」


 ちさとは期待の眼差しで〈名探偵〉の顔を見上げた。

 彼女にはミロクさんがピッキングの道具を所有していたことも「〈名探偵〉だから」と納得できるらしかった。

 僕の方はミロクさんのイメージを若干書き換えねばならなかった。


 ピッキングの道具だけあっても、練習しなければ、実地で素早く鍵を開けたりはできない。

 ミロクさんも、ぶっつけ本番でなんとかなると今日になって道具を買ったわけではないだろう。

 彼は右耳が見つかる前からピッキング練習を積んでいたはず。


 ――なんのために?


 ピッキングに興味を持ってもたいていは実際に他人の家のドアを開けたりはしない。

 道具を購入し、自分の部屋や、練習用の鍵で試すだろう。

 他人の家のドアを開けるという暗い空想を娯しむために。

 彼らはきっと他人を支配する力を求めているのだ。

 実際に行使するかどうかは別として。

 ピッキングはその力を手にするひとつの手段にはちがいない。


 ミロクさんはそういう力を嫌悪しているはずだった。

 もちろん僕が勝手に決めつけていただけだが。

 普段の彼からそんな生臭い欲望は想像できなかった。


「そんなに大したことはわからなかった。

 一階の新聞受けを見た?

 おとといの夕刊からたまってる。

 十三貝は月曜の昼から帰ってないわけだ。

 旅行とかでしばらく戻らないなら新聞も止めていくだろうから、彼女は長く空けるつもりで出かけたんじゃない」


「二、三日の旅行なら新聞を止めたりしないんじゃないかしら」

「そうだね。

 まだ二泊目だと考えれば彼女がここにいなくてもおかしくはないか。

 でも、旅行なら鍵はかけていくよ。

 十三貝が戻ってないのはアクシデントがあったからだと考えるのが妥当じゃないかな。

 面白くない想定にはちがいないけど」


 ミロクさんはそう言って目を伏せた。


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