4.眼から隠すという露出(5)
八時を回っていた。
僕は看板を片付けに外へ出た。
まだ夜は浅い。
空の暗さも薄っぺらな膜一枚にすぎない。
剥がせば昼間の狂ったような青が現れそうだった。
暑さは空気の温度というより、密度として、皮膚にびっちりとラバーのように張りついていた。
町は煙草と精液の匂いがした。
塾帰りらしい少女が自転車で僕の前を走り過ぎた。
僕は振り返り窓越しに若菜たちを見た。
若菜は立ち上がり手を振り回してなにか力説していた。
ちさとは小首を傾げて屈託のない笑顔を見せていた。
マスターがしきりとうなずいてあごひげを撫でる。
彼らは楽しそうだった。
僕は殺されて山中に捨てられた三人の女子中学生のことを考えた。
〈パブロフの猿〉のスクラップブックに貼られた、黄色く変色した新聞記事のことを考えた。
ミロクさんの柔和な笑顔が眼に浮かんだ。
しかし、五年も前の事件のどこにもリアルさはなかった。
それから僕は十三貝さんを思った。
彼女は今どうしているのか。
あの耳は彼女のものなのか。
そうだとしたら彼女はまだ生きているのか。
彼女のこともまるでリアルじゃなかった。
僕はだれかの夢を生きていた。
脳みそのどこかが痒い――そんなもどかしさだった。
◆
若菜を家へ送り、その足でちさとを駅まで送ったとき、改札の真上に吊り下がったデジタル時計はまだ九時前だった。
ふとひらめいて僕は定期を出し、ちさとのあとから改札を通り抜けた。
ちさとは困惑した顔で振り返り、ここまででいいですよ、と言った。
「これ以上送ってもらうのは申し訳ない」なのか、
「ついてこられるのは迷惑だ」なのか、
本心はわからなかったが、いずれにせよ彼女は勘ちがいしていた。
「ちがうよ。ちさとを送っていくんじゃない」
僕らは上りホームへ階段を降りていった。
「え? じゃあ、なんで――?」
「十三貝さんちに行ってみる。どうも気にかかるんだ。彼女のマンションは三つ先の駅なんだよ。無事でいることをたしかめておきたい」
「そうなんですか……あの、わたしも一緒に美奈子さんのところへ行っていいかな?」
「心配?」
ちさとは目をそらした。
そこへちょうど電車が入ってきた。
こんな時間の上りは回送のように空いている。
僕らは並んで座席に腰掛けた。
「ちがうな。気にはなるけど、心配してるんじゃありません。
正直に言えば、面白がってる。……わたしって嫌なやつでしょ?」
ちさとは弱々しく笑った。
その眼鏡の表面を線路沿いのパチンコ屋のネオンが流れて消えた。
嫌なやつならカツを筆頭に僕の周りにはゴマンといる。
今さらひとり増えたところでなにも変わらない。
「やっぱりちさとはこのまま帰れよ」
返事はなかった。
「お母さんに怒られるよ」
ちさとの両親は離婚していて彼女は母親と二人暮しだった。
会ったことはなかったが厳しい人だという話だった。
「世間体」とか「世間様」とかやたらと「世間」を口にするとちさとは言っていた。
このまま帰宅してもぎりぎり十時といったところだろう。
夜十時が母親の決めた門限だと、いつだったか聞いたことがあった。
「……美奈子さんのこと、好きなんですか」
「どうして?」
「だって、ひとりで行きたいんでしょう? それってわたしは邪魔だってことです」
「そういうことじゃないよ」




