4.眼から隠すという露出(2)
「うーん、そうだねえ」
僕は洗った皿をカゴに立て、タオルで手を拭いた。
その間に、ミロクさんが〈名探偵〉である由来を頭の中でまとめ直した。
「僕が大学に入る前の話だからね、僕も人から聞いたにすぎないんだけど……。
四年前、いや、五年前かな、どっちかわかんないけど、うちの大学の近所で女子中学生の連続殺人があったの知ってる?」
「覚えてますよ。五年前じゃないですか。あの事件のとき、私が通っていた高校は女子の集団下校とかやりましたから」
「うん、中学生の女の子、それも大人しそうな子どもっぽい子ばかり三人、連続して殺されたんだ。
どの子も下校途中に行方が知れなくなって、数日後に家とはだいぶ離れた場所で発見された。
三人が三人とも制服を着たままレイプされて絞殺されていた」
ちさとが眉をひそめ、若菜は身を乗り出した。
「ロリコンの制服フェチの変態野郎だ」
若菜の発言は聞こえないふりで、僕は先を続けた。
「マスコミも大きく取り上げたし、ちさとのとこの学校が集団下校したことでもわかるように社会に与えた影響も大きかった。
捜査は難航したらしい。
犯行に使われた車の車種がわかってもどうにもならなかったし。
被害者三人のほかにも、危うく犯人の手を逃れた子とかいるんじゃないかって警察は期待したらしいんだけど、事件の性格上名乗り出る者はいなかったんだそうだ。
っていっても、これは堀井に聞いた話で本当かどうかは知らないよ。
ただ僕の記憶でも犯人が逮捕されるまでの一ヶ月くらい、テレビや雑誌は連日警察を非難していたから、捜査が難航していたのはまちがいない」
ちさとは眉をひそめたまま口唇をなめていた。
視線はカウンターに置かれた薬味入れの辺りに落ちていた。
福神漬に問題がある――というわけではないだろう。
「どうしたの? こんな話は嫌ならやめるけど……」
「ううん、そうじゃないの」
ちさとは慌てたように首を振った。
「ちょっとひっかかったものだから……。
うーん、なんなんだろうなあ。
今ね、トモさんの話を聞いているときに、ちがうな、ってふと思ったの。
あの事件について私の知ってることとトモさんの話は微妙にずれてるみたい。
ちがうって思った瞬間は、なにがちがうのかわかってたはずなんだけど、ちゃんと思い出そうとすると、なにがちがうのかわからなくなっちゃって」
「あー、わかる、わかる。そういうことってあるよね」と若菜。
「そういうときは無理に思い出そうとしても駄目なんだよ。
全然ちがうことを考えてるとふいに思い出したりするもんだから」
「……うん。そうだよね」
ちさとは僕に向かってわざとらしい微笑を作ると、コクンッ、とうなずいた。
若菜は新しい煙草に火をつけた。
僕は先を続けた。
「女子中学生連続暴行殺人の犯人が逮捕されて事件が解決する前日の話だよ。
富田林さんて〈パブロフ〉のOBがいてね。
ミロクさんと同期の人でOB会とかには必ず来る人だからそのうちちさとも会うよ。
――駅前に風炉素戸って喫茶店があるじゃん、そう、あのつぶれかけの。
それでね、あの店で富田林さんがお茶してたとき、たまたまミロクさんが入ってきたんだって。
富田林さんの方は女の子連れで、ミロクさんは富田林さんが見たこともないおっさんと一緒だったから、声をかけたりしなかった。
ミロクさんは富田林さんがいることに気づかずに彼の後ろの席に座ったんだ。
で、富田林さんは聞くともなしにミロクさんたちの会話を聞いちゃったわけ。
犯人の潜伏場所とか、被害者がどうしたとか、周囲に警官を配備するとか、そんなことが聞こえてきたらしいよ。
ミロクさんの連れはどうやら刑事らしかった。
富田林さんがなんでミロクは警察なんかと話してるんだろうって悩んでいるうちに、刑事は『ご協力感謝します。明日はよろしくお願いします』って言って帰っていった。
ミロクさんもすぐに店を出てしまって、富田林さんは『明日はよろしく』の意味を本人にたしかめることもできず、
で、次の日――」
若菜が指を鳴らした。
「ロリコンの制服フェチが逮捕されたのね」




