4.眼から隠すという露出(1)
「〈名探偵〉なんて馬鹿みたい」
カレーを食べ終えた若菜が煙草に火をつけて言った。
「でも、自分で言ってるわけじゃないし」
ちさとは皿から眼を上げずに答える。
最後のひとくちを、小匙一杯ばかりの刻んだピクルスと一緒に、スプーンですくい上げた。
彼女は「イカは駄目な人」だが「ピクルスは良しの人」だ、と僕は知った。
「自分で言ってたら、『みたい』じゃなくて本当の馬鹿。
あたしはね、そんなふうに人を呼んだり呼ばれたりすることが馬鹿みたいだって言ってんの」
「浅沼さん本人はべつに喜んでないもの。どちらかといえば迷惑がってるかな」
「そんなの当たり前じゃん。
でも〈名探偵〉って呼ばれんのを拒否してないでしょ。
それって喜んでんのと五十歩百歩」
ちさとが、フフフ、と笑った。
「なにがおかしいのよ?」
「若菜のそういう性格が好きよ。
どうしてあなたって他人が認められるのを素直に許せないの?
芸能人やスポーツ選手の話でも必ず貶すものね。
でも、悪口言ってる若菜って可愛い」
「ガキなだけ」と僕は口を挟んだ。
僕は二人のロイヤルミルクティーのために牛乳を温めているところだった。
「他人を認めないわけじゃない。
あたしはねえ、他人の眼をむやみに信じないだけ。
あたしに認められたかったら、まずあたしと闘ってあたしを倒してみろってこと」
カウンターの向こう端で聞いていないふりだったマスターが吹き出した。
わけがわからん、と僕は頭を振った。
「おまえさあ、こないだストーンコールド・スティーブ・オースチンを貶してただろ。ありゃつまり――」
「だれよ、それ?」
「プロレスの――」
「ああ!」
と叫んで椅子から飛び上がると、若菜はバッグをガサガサ掻き回して、中から黒いビデオテープを取り出した。
「これ、雅也から頼まれてたんだった。
今月の特番だって。
まったく、こんなもんに夢中になって、あんたたちの方がずっと子どもだわ」
僕はビデオを受け取り、押頂いた。
若菜の弟にWWFの特番の録画を頼んでいたのだ。
若菜の家のケーブルテレビで見て以来、僕もカツもこの大芝居なアメリカン・プロレスにはまっていた。
言われてみればたしかに子どもだ。
しかしカツなら開き直って、ケッ、とか言うところだろう。
僕は空いた皿をかたづけて熱いロイヤルミルクティーを二人の前に置いた。
「雅也にお礼言っといて。きっとカツが奢ってくれるよって」
「あのう、話を戻していいですか」
ちさとがすまなそうな顔で僕らを見ていた。
すまながったり恐縮したり心配したり緊張したり怯えたり、彼女のイメージを訊かれたら思い浮かぶのはそんな表情ばかりだ。
しかし、脆弱なイメージは彼女の演技かもしれない。
僕は彼女の芝居にまんまと騙されているおバカさんなのかもしれない。
「ちさと、あんたねえ、履歴書の特技の欄に話の腰を折ることって書いときなよ」
「ごめんね」
「いいけどさあ。話戻すってどこまで戻すのよ?」
「浅沼さんが〈名探偵〉だってこと。
トモさんも聞いてください。
実はわたし、以前から気にかかっていたんですよ。
どうして浅沼さんは〈名探偵〉なのかなあって。
実際に事件を解決したってだれかから聞いた記憶はあるんだけど、どんな事件だったのかまでは聞いていないんです。
本当の話なんですか。
トモさんはどこまで知ってます?」




