3.世界を分節する舌(8)
「じゃあ言うけど、山口なんてあたしの世界にはいらない。いっそ地上から除名してもらいたいもんだわ」
及川は吐き捨てるように言った。
「あちゃー」と春樹が呟いた。
「おれにはおまえの方が目障りだよ」と山口が言った。
「ストーカーに言われたくないね」
ストーカー? 山口が?
「おれがいつおまえをつけ回したっていうんだ?」
「あたしじゃないよ。
でもね、あたしは知ってるの、あんたがストーカーだってこと。
あんたがだれをつけ回してるか、あたしの口から言ってもいいわけ?」
「おれは帰る!」
山口が立ち上がった――水羊羹がひっくり返った――慌てて古屋さんも立ち上がる。
「おい、まだ結論が出てないだろうが!」
「除名だろうがなんだろうが勝手に決めてくれ。
おれはもうこんな失礼なやつのいるところへは二度と来ないから」
「それって退会するって意味なのか」
階段へ歩き出した山口に堀井がまぬけな声で問いかけた。
「馬鹿どもとは付き合えないって意味だよ」
そう言って山口は去った。
「どひゃー、ストーカーだって」と春樹。
「そうなんですか」とちさとが訊いてくる。
「いや、僕は知らなかったな。
そう言われれば、ストーカーであってもおかしくないやつではあるような気がするけど……」
「ひどい。トモさんがそんな人を貶めるようなことを言うなんて……」
ちさとはまるでストーカーを見るような眼で僕を見ていた。
「――いや……ちさと……だから……そんな気がするってだけだよ――」
ちさとの中の、いい人のトモさんのイメージを守ろうと、僕はしどろもどろに抗弁を試みたがまるで弁解になっていなかった。
「だれがストーカーされてるの?
わたしたちの知ってる人?
まさか洋子さん?」
朝美ちゃんの問いかけに古屋さんが敏感に反応した。
「え、洋子、そうなのか。あいつ、ぶん殴ってやる」
「ちがう。わたしじゃない」
「じゃあ、だれだ?」
〈パブロフ〉メンバーの視線はいっせいに及川に向けられた。
かなり強めに冷やされた空気が、僕らを標本化するように固く凝固した。
及川はみたらし団子をくわえて僕らを見返した。
彼女はぐいっと串を引き抜くと、にちゃにちゃと音を立てていつまでも噛み続けた。
口唇の端についたみつを、一個の軟体動物のような、濡れた太い舌が嘗めとった。
やがて、及川は、目蓋を閉じ、鼻孔を広げ、弛んだ口唇の中で歯を食いしばり、頬のたるみを痙攣させ――
淫猥としか言い様のない表情で背筋を伸ばすと、あごをしゃくりあげ、喉の肉を上下させて、爬虫類そのままに咀嚼物を呑み込んでみせた。
ブルブルっと震えてからゆっくり眼を開けると、僕らをひと渡り見回して、にやーっ、と笑った。
「……聞きたい?」
ひー、と言って堀井がひっくり返った。
「単なる噂じゃないならね」とミロクさん。
「噂じゃないですよ。本人から聞いたんですから」
「だれ?」
答えは初めからわかっていたのかもしれない。
僕の脳みそは、ただわからないふりをしていただけなのかもしれなかった――。
「美奈子さん」
そう言って、及川はみたらし団子をもう一本手にとった。




