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3.世界を分節する舌(7)

「そうかあ?」


 山口の発言を遮るように古屋さんが裏返った声をあげた。

 しかし、古屋さんはその先を続けず替わって洋子さんが発言した。


「面白かったけど、正直なところ問題にするほどのものじゃなかったわね。中途半端なのよ。なにも小説に限らず、言語の表現はすべてリニアなのだから、ストーリーを持たなくても〈隠された真実〉は生じてしまうでしょう。そういう構図を批判するなら、ストーリーにとどまらずに、言語表現すべてを批判しなくてはね。でも、それでは批判している文章自体が、言語表現であるわけだから、そこに矛盾が生じることになるわ。もう一つね、トモは文中で〈擬グノーシス的構制〉と言っているものを、言語とは独立した社会的なものと捉えているようだけれど、それは初めから言語に内在していた自然的規制から派生したものではないかしら。わたしたちが言語を使わずに思考できないなら、〈擬グノーシス的構制〉からも逃れる術はないもの。とは言っても、こんなに内容を覚えているってことは、それだけ印象に残る文章だったってことなのかもしれないけれど」


 褒められてんだか貶されてんだかわからない。

 いずれにせよ偽作者にはどうでもいいことだった。

 洋子さんからは眼をそらし、僕は黙って虫のようにちびちびときんつばをかじった。


 ミロクさんの柔らかな声が聞こえた。


「そう、少なくとも、われわれ全体の問題になるようなものではなかったということだろうね。

 ――水岡には申し訳ないけれど。

 山口個人の問題だったということだよ。

 ただ、君の問題としているところは少々的外れな気がするんだけどね。

 まあ、そのことはここでは措いておこう。

 もともと〈パブロフの猿〉っていうのは、政治や文学上の共通理念の下に集まってできた集団じゃないからね。

 われわれ全体の問題なんてありえようもないのかもしれないけれど……」


「除名すべきだろ、こんなやつ」


 唐突に古屋さんが切り出した。

 朝美ちゃんがそれに賛成する。

 堀井は、どうだろう?なんて、他人に意見を訊いて、自分の答えを保留していた。

 洋子さんは、除名にはあたらない、と言い古屋さんに眼を剥かせた。

 彼は洋子さんが自分を支持してくれると信じていたようだ。


 つきあっているくせに――つきあっているからなのか――古屋さんは洋子さんをわかっていない。

 彼女は論理と感情をはっきりと分けて考える。

 論理的判断が必要なときには自分のことさえ客観視できる。

 彼女のルールでは常に論理は感情に優先する。

 僕は洋子さんのそういうところが好きだ。

 冷たいとか近寄り難いとか言う人もいる。

 本人も冷たい人間と見られているのは重々承知していた。

 むしろそれを誇りにしていた。


 ちさとと春樹は黙っていた。

 山口といえども一応先輩だから、ここではっきりした態度を見せるのは後々よろしくないことになるかも――ってことか。


 折角の機会だから、僕も除名に一票投じさせてもらおうとしたとき、堀井が及川に意見を求めた。


「本気?」


 及川は堀井を蔑むような薄笑いで見返した。


「ほ、本気ってどういうこと?」


 堀井は及川に弱い。

 彼女が和製ホラーみたいに恐いんだ、と言っていた。

 一つ部屋に二人きりにされたら、きっとおれ逃げ回っちゃうだろうな、とも言っていた。

 たしかに及川には土蔵とか座敷牢とか似合いそうだが、堀井の恐がり方は度が過ぎていた。

 サークル室で二人きりになりそうになると、なんだかんだ理由をつけて部屋を出ていく。

「逃げ回る」というのもあながち誇張ではなかった。


「本気であたしの意見を聞きたいわけ、あんたは?」

「本気に決まってんだろ、こんなことは!」


 堀井の声は裏返りほとんど悲鳴のようだった。

 なにをビビってるんだ、代表?

 隣では春樹がクスクス笑っていた。


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