3.世界を分節する舌(3)
「トモの言うとおりだよ。どうして僕が謝らなきゃいけないんだ」
ふて腐れた山口は椅子に斜めに座り、ことばに弾みをつけるように、煙草を持った手を振り回していた。
「なに言ってんの。
こっちは貴重な時間を割いて締め切りに間に合うように原稿を上げたんだよ。
書かせてくれってわたしから頼んだわけじゃないんだからね」
高畑朝美が、小さな痩せた身体からはちょっと想像できないしゃがれ声で、怒鳴った。
「――わたしのことはおいといても、古屋さんは就活中だよ。
その人に書かせておきながら、無断で掲載しないなんて、ルールに反するとは考えなかったわけ?」
なんだ?
書くと書かせたとか、この人たちはなんの話をしている?
「ルール?
そんなのいつ決まったんだ?
ルールとか決まりがあるなんて初耳だね。
それに古屋さんは就活してないだろ?」
いつもながら山口の言い方って、本当に人を怒らせずにはおかないよな、と僕は呆れた。
「明文化してないにしても、書くときも書かせるときも、一応のルールはあると思うんだけどね。
山口君、ちがうかなあ」
苦笑しつつも穏やかに応えるミロクさんに感心した。怒っているのはこの人ではないのかと胸を撫で下ろした。長老だけは敵に回したくなかった。
「名簿のことじゃないの?」
僕は離れた席にいる堀井に訊いてみた。
なにそれ?
というのが〈パブロフの猿〉代表堀井歳の返事だった。
仮にも代表が、なにそれ? はないだろう。
「だからさ、警察に渡しちゃったうちの名簿のことだよ。
それで臨時ミーティングってことなんじゃないの?」
「あ、あれ。あれはいいの」
堀井は顔の前で手を振った。
すでに冷めきっているだろうお茶をわざとらしく音を立ててすすった。
「あれはしかたがなかったよ。おれだって渡しただろうな」
「じゃ、なにが問題なの?」
「だから、トモさん、『モンキービジネス』ですって」
春樹がまた横から口を挟む。
「トモさんにも責任がないとは言えないんですからね」
◆
問題は、山口が古屋さんと朝美ちゃんに依頼した『モンキービジネス』の原稿を無断でボツにしたということらしい。
昨日、僕が若菜を送って帰ったあと、サークル室ではひと悶着あったのだ、と春樹が嬉しそうに教えてくれた。
「古屋先輩がたまたま来てて、山口さんに説明を求めたんだけど、
原稿を掲載するかしないかは、編集人の自由だみたいなことを山口さんが言っちゃってですね、
その言い方が気に入らないって、古屋先輩がきれて殴っちゃって――」
「山口を?」
「ええ、一発だけだけど。きれいに入りましたね」
春樹は山口には聞こえないような声で言うと、ククッと笑った。
僕は内心快哉を叫んでいた。
山口の馬鹿が殴られたところに居合わせなかったのが残念だった。




