3.世界を分節する舌(2)
「よお」
観葉植物の影に隠れていた僕に堀井が気づいた。
〈パブロフ〉の面々がいっせいに顔をこちらに向けた。
主要メンバーはおおむね揃っていた。
院生のミロクさんだけじゃない、四年生の洋子さんも古屋さんも顔を出している。
しかし、十三貝さんはいなかった。
「遅かったじゃない」
及川が黒縁の眼鏡を押し上げる。
彼女の鼻は眼鏡を支えるには低く小さすぎる。
親父世代のフォーク歌手みたいな長い髪を重たげにかきあげる。
しかし、それは髪が重たいのか、赤ん坊の頃のまま肥大した手が重たいのかわからない。
彼女も僕の嫌悪圏に近い。かなりきわどい。
「真面目に授業へ出てたからね」
僕はそう答えると、石垣ちさとを探した。
定位置である高畑朝美の隣にはいない。
白いTシャツの彼女は並べたテーブルのいちばん端に座っていた。
隣には吉村春樹。
坊っちゃん顔の春樹は、クリームソーダをかき混ぜて、アイスクリームとソーダの融合に一生懸命の様子。
春樹が堀井の隣でなくそんな位置にいるのも意外だ。
これはサークル内の序列で席を決めたということなのか。
ミロクさんは窓際の一応上座らしき席にいるし、その左側にはスキンヘッドの古屋さんと洋子さんが並んでいる。
〈パブロフの猿〉名目代表堀井歳はミロクさんの左側だ。
山口はその隣でふんぞり返ってる。
及川は山口の隣に二人分のスペースを占め、朝美ちゃんはその正面で上生をつついている。
及川の隣に、桑島京美、朝美ちゃんの並びに春樹、ちさとという順だ。
序列順ということは、この集会がいつものくだけた雰囲気のものではないということだろう。
名簿の一件が先輩のだれかの逆鱗に触れたのだ。
だれが怒ってるんだ?
胃がしくしく痛み出した。
しかし、大人しく怒られるのも癪な話だった。
序列順なら僕の席は山口の隣か及川の隣だが、気づかないふりで春樹に席を一つずれさせた。
ちさとの隣に座る。
――彼女はオレンジの匂いがした。
ちさとに対して露骨すぎる気がしないでもない。
しかし、これくらいしないとだれも僕の気持ちをわからない。
若菜が出しゃばりすぎるせいで、僕と若菜の関係を幼なじみ「以上」だとする誤解が蔓延していた。
いくら否定しても「またまた恥ずかしがっちゃってー」といなされるだけ。
ちさとの高校の先輩で、彼女の保護者を自称する朝美ちゃんなんか、僕をフタマタカケル君と呼んでいる。
ちさと本人にしてからが「若菜に悪いから」とデートを断ってくる始末だった。
……もっとも、言い訳に若菜の名を出しているだけかもしれない。
ちさとは僕が隣に座ると、くすぐったいみたいに微笑った。
「どうなってんの?」
僕は右のちさとに聞いたのに、左側から春樹が答えた。
「山口さんが謝んないから、大変。古屋先輩と高畑先輩が怒っちゃって」
「なんで山口が謝らなきゃいけない?」
謝るとしたらそれは僕のはずだ。
もっとも、僕は謝罪する気なんてないが。
春樹はただ肩をすくめてみせただけだった。
彼の前に小さな折鶴が三羽転がっていた。
箸袋を破いて折ったのだろう。
鶴を折るのは手持ち無沙汰なときの春樹の癖だ。
綾辻行人の名探偵のように折り紙の名人というわけではない。
春樹は折り鶴専門。
千羽鶴を折っているんだろう、と噂されていたが、いったいどんな願いを込めて鶴を折り続けているものやら。
タンチョウヅルの祟りだという方が納得いく。




