2.もう存在しない指(9)
食事の最中もずっと十三貝さんのことが気にかかっていた。
電話をかけて「だれかに耳切られなかった?」と確認すればすむ話。
だが、カツの前で電話するのは気が引けた。
散歩してくると年寄りみたいなことを言ってアパートを出、公衆電話を探すうちに駅まで来てしまった。
十三貝さんは携帯電話だけじゃなく部屋にも電話を引いていた。
僕はまず携帯電話の方にかけてみたが、電源ガ入ッテイナイカ電波ノトドカナイトコロ、と言われ、部屋の方へかけ直してみるといくら待ってもだれも出なかった。
留守電にすらなっていない。
連絡のとれない分だけ不安は肥大した。
どうして僕なんだ?
とうに終わった話じゃないか。
――僕はベンチで膝を抱え、親指の爪を噛んでいた。
十三貝美奈子とつきあっていたのは二年も前で、しかも「つきあっていた」と言っていいのかどうかさえ迷ってしまう関係だった。
クリスマス前後の二週間。
それだけしか続かなかった関係は「恋愛関係」と呼べるだろうか。
だいたいあれは「恋愛」だったのかどうか。
きれいな女の人が寝てくれると言うから寝て、もう寝ないと言うから寝るのをやめた、それだけのことでは――?
愛だとか、恋だとか、本当にそんなものが僕らの間にあったろうか。
次の下りが着いたらしい。
階段から人が溢れ出てくる。
僕は爪を噛んで眺めていた。
改札に人が溜まり、散ってゆく。
終電まで繰り返されるのだろう。
どこに家へ帰るきっかけを見つければいいのか、わからなくなっていた。
気がつくとベンチの横にカツが立っていた。
声をかけろよ、びっくりするだろ、となじる僕に、カツはニヤニヤ笑って首を振り、電話があったぜ、と言った。
「だれから? 若菜?」
「ああ、若菜からもあったけど、そっちはおれあて。
どうして見舞いに来ないのかって怒られた。
どうして捻挫ごときで見舞いに行かなくちゃならないのかわからねえって答えたら、絶交された」
「良かったね」
「うん。良かった。
三日ぐらいは放っておいてもらえるんじゃねえかな。
おまえには村上って人からだった。
いないって言ったら、一時間くらいしたらまたかけるってさ。
だから呼びにきたんだ」
僕らは肩を並べて歩き出した。
すれちがう人が僕らを見て驚いた表情になる。
大人の双子が揃っているのは、やはり珍しいんだろう。
不躾な視線だが腹も立たないし、うるさくもない。
慣れているというより、むしろ当たり前という感じだ。
バスターミナルで歩行者用信号が青く変わるのを待っていると、カツは口に粉薬でも入っているような口調で訊いてきた。
「で、どうだった? 無事だったか」
「なにが?」
とりあえずとぼけてみた。
「電話の相手だよ。さっきの五人のだれかなんだろ?」
散歩してくるなんて下手な嘘が信じてもらえるとは期待してなかった。
しかし、他へ回らず駅までまっすぐやってきたらしいカツに、僕は馬鹿にされているような気がした。
「電話をかけに来たわけじゃないよ」
「まさか家出しようと思って駅まで来たわけじゃねえだろ?」
「逃げ出したくもなる。やたらと干渉してくる兄貴を持ってりゃ」
「能天気な弟と暮らすよりはましじゃん」
信号が青に変わり、僕は足早に横断歩道を渡った。
カツは歩調を合わせなかった。
さびれた商店街を前傾姿勢で半分まで歩き振り返ってみた。
カツは商店街のとば口に立ち止まり、煙草に火をつけようとしていた。




