表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/191

2.もう存在しない指(7)

「名簿に女は何人いたんだ?」

「さあ……十人ぐらいじゃないかな」


「それって女が多い方なんじゃないのか」

「そうだな、あの手のサークルとしては多い方かもねえ。でも、実際にサークル室に顔を見せるのは四、五人だよ。あとは幽霊部員だね」


「じゃあ、その四、五人のうちのだれかの耳だ」

「気安く言うなよ」


「だって、そいつら知らねえもん」

 カツは本を閉じ、起き上がった。

「知らねえやつはこの世界にいねえも同じだろ。で、だれの耳なんだ?」

「だから、気安く言うなって」


「今日、そのうちのだれかに会ったか」


 僕は首を振った。

 今日はいったいなにしに大学へ行ったのだろう。

 耳を見つけに行っただけ?

 若菜を迎えに行っただけか。

 ほとんどだれとも会わなかった。

 朝、ウマノスケとちょっと話したのを除けば、刑事と若菜にしか会っていない。


「いちばん親しいのは?」

「洋子さんかな」


 一瞬、僕は別の名前をあげそうになった。

 しかし、その彼女との関係は「親しい」というのとはちがう。


 気が合ってよく喋ったりすることを「親しい」というのだろう。

 それなら、田代洋子だった。

 経済学部の四年生で、マンディアルグが好きで、生田耕作訳の『閉ざされた城の中で語る英吉利人』を貸してくれた。

 ベルメールの挿絵の入っているやつだ。


「その人のじゃねえの?」


 僕はまた首を振った。

 彼女の耳なら、僕あてにはならないだろう。

 洋子さんは古屋さんと付き合っている。

 僕よりも彼に送りつけるべきだ。

 二人とも四年生になってからは〈パブロフ〉にはほとんど顔を見せていなかった。


 先週、洋子さんが僕と堀井のいるところへ、ふらっとやってきて内定が一つ取れたと言って帰った。

 希望の職種じゃないから、もう少しねばってみる、ということだった。

 古屋さんの方は就職する気があるのかないのかよくわからない。


「あとだれがいる?」

「及川だろ、朝美ちゃんに、ちさと、それから十三貝(とさがい)さん」


「ちさとって若菜の友だちの子?」

「そう」


 どうして知ってるんだ?

 と思ったが聞き返しはしなかった。


「若菜が引き立て役に使ってる子だよ」

「ひでえ言い方だな」

「ひどいのは若菜の方さ。

 あいつ昔からそうじゃん。

 必ず自分を目立たせるような子を友だちに選ぶだろ」


「そんなブスなのか」

「ブスじゃないんだけど大人しくて目立たない子なんですよ。

 オカッパ頭でさ、オバサンみたいなメタルフレームの眼鏡かけてる。

 オシャレよりも清潔って感じの格好をしてるな」


 カツははだけた胸をポリポリ掻いた。

 なにを考えているのか眼が彷徨っている。


「そういうのがタイプだってやつもいるだろ」

「僕がそうだ」


「おまえのことなんか訊いてねえよ。

 でも、今言ったうちのだれかってことはないのか」

「ないね」


 答えるのが早すぎただろうか。

 実はひとり、そうかもしれない名前があった。

 しかし、それをカツに言ったら、もっと細かいことまで答えなければならなくなる。

 カツに話すには、少々気まずいことだった。


 カツは僕の動揺に気づいた様子もなくまた寝転がって本を開くと、じゃあ、おまえの棚に耳があったのは偶然だったんだよ、と言った。


 そして、この話はこれで終わりになった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ