2.もう存在しない指(7)
「名簿に女は何人いたんだ?」
「さあ……十人ぐらいじゃないかな」
「それって女が多い方なんじゃないのか」
「そうだな、あの手のサークルとしては多い方かもねえ。でも、実際にサークル室に顔を見せるのは四、五人だよ。あとは幽霊部員だね」
「じゃあ、その四、五人のうちのだれかの耳だ」
「気安く言うなよ」
「だって、そいつら知らねえもん」
カツは本を閉じ、起き上がった。
「知らねえやつはこの世界にいねえも同じだろ。で、だれの耳なんだ?」
「だから、気安く言うなって」
「今日、そのうちのだれかに会ったか」
僕は首を振った。
今日はいったいなにしに大学へ行ったのだろう。
耳を見つけに行っただけ?
若菜を迎えに行っただけか。
ほとんどだれとも会わなかった。
朝、ウマノスケとちょっと話したのを除けば、刑事と若菜にしか会っていない。
「いちばん親しいのは?」
「洋子さんかな」
一瞬、僕は別の名前をあげそうになった。
しかし、その彼女との関係は「親しい」というのとはちがう。
気が合ってよく喋ったりすることを「親しい」というのだろう。
それなら、田代洋子だった。
経済学部の四年生で、マンディアルグが好きで、生田耕作訳の『閉ざされた城の中で語る英吉利人』を貸してくれた。
ベルメールの挿絵の入っているやつだ。
「その人のじゃねえの?」
僕はまた首を振った。
彼女の耳なら、僕あてにはならないだろう。
洋子さんは古屋さんと付き合っている。
僕よりも彼に送りつけるべきだ。
二人とも四年生になってからは〈パブロフ〉にはほとんど顔を見せていなかった。
先週、洋子さんが僕と堀井のいるところへ、ふらっとやってきて内定が一つ取れたと言って帰った。
希望の職種じゃないから、もう少しねばってみる、ということだった。
古屋さんの方は就職する気があるのかないのかよくわからない。
「あとだれがいる?」
「及川だろ、朝美ちゃんに、ちさと、それから十三貝さん」
「ちさとって若菜の友だちの子?」
「そう」
どうして知ってるんだ?
と思ったが聞き返しはしなかった。
「若菜が引き立て役に使ってる子だよ」
「ひでえ言い方だな」
「ひどいのは若菜の方さ。
あいつ昔からそうじゃん。
必ず自分を目立たせるような子を友だちに選ぶだろ」
「そんなブスなのか」
「ブスじゃないんだけど大人しくて目立たない子なんですよ。
オカッパ頭でさ、オバサンみたいなメタルフレームの眼鏡かけてる。
オシャレよりも清潔って感じの格好をしてるな」
カツははだけた胸をポリポリ掻いた。
なにを考えているのか眼が彷徨っている。
「そういうのがタイプだってやつもいるだろ」
「僕がそうだ」
「おまえのことなんか訊いてねえよ。
でも、今言ったうちのだれかってことはないのか」
「ないね」
答えるのが早すぎただろうか。
実はひとり、そうかもしれない名前があった。
しかし、それをカツに言ったら、もっと細かいことまで答えなければならなくなる。
カツに話すには、少々気まずいことだった。
カツは僕の動揺に気づいた様子もなくまた寝転がって本を開くと、じゃあ、おまえの棚に耳があったのは偶然だったんだよ、と言った。
そして、この話はこれで終わりになった。




