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1.袋の中の耳(2)

 浅沼さんが殺人事件を解決したというのは、学内では有名な話だった。

 本人はなにも語らないし〈名探偵〉と言われると悲しげに首を振るけれども……。


 ミロクさんならなんとかしてくれる――。


 しかし、彼がサークル室に現れるのは週に一度ぐらいで、いつも午後だ。

 僕はあきらめた。いくら待ってもだれも来ないだろう。


 耳をマクドナルドの紙袋に戻し、口を何度も重ねて折った。

 若菜のノートをカバンに入れて立ち上がった。


 文芸サークル〈パブロフの猿〉を出ると、斜め向いの部屋の前にウマノスケが立っていた。

 そこは映画系サークル〈ディレクターズ・コレクティブ〉。

 ウマノスケは傍らに大きなキャリーバッグを置いてドアを開けようとしていた。


「よお」

「珍しいな、こんな早くに」とウマノスケは言った。

「ウマノスケはいつもこの時間?」

「ときどきだが。機材を置きにさ」


 ウマノスケは黒いキャリーバッグをポンポン叩いた。


「新しいのを撮るんだ?」

「学祭用にな、夏休みの間に完成させておきたいんだが」

「どんなの?」

「『バスケットケース』みたいなの」

「知らないな」

「マイナーだから」

「がんばれよ」

「ああ」

「じゃあな」


 僕は紙袋を持った手を振った。袋の中で耳がカサカサ鳴った。


 耳のことは話さなかった。

 いくら友だちでもウマノスケは〈パブロフ〉の人間じゃない。

 耳は僕の、あるいは〈パブロフ〉の問題だ。


    ◆


 老朽化で倒壊寸前の西サークル棟を出て学生課のある建物へ向かった。

 人間は歩く水だ、みたいなことをなにかで読んだことがある。

 汗はとめどなく出てくる。

 もう拭うのも面倒だった。

 学生課は遠い。炎天下が続く。

 半分も歩かないうちに嫌になる。


 授業中だし学生たちはみんな教室にいる。

 僕だけがまぬけに太陽に灼かれている。


 馬鹿げている。

 なんでこんなことに、と思う。

 答えは簡単。耳なんか見つけたから。

 投げ捨ててしまおうか。

 でも、そんなところをだれかに見られてたら、面倒が増えるだけだ。


 学生課のドアを蹴り開けると、冷気が絹のシーツのように僕を包んだ。

 サウナのようなサークル室の環境は大学当局の嫌がらせかもしれない。

 額の汗が蒸発する。

 乾ききれない汗が肌に冷たく残る。

 不快。頭痛の始まりそうな予感がする。


 カウンターにいる職員は三人とも女性だった。

 若い人が二人に母親くらいの人が一人。

 女の人に袋の中身を見せるのは悪趣味だろう。

 僕は若い二人のうちのきれいな方に行き、紙袋をカウンターに置いた。


「すみません。男の人を呼んでください」


 女子職員は紙袋と僕の顔を交互に見た。

「どんな用なの?」機嫌の悪そうな声。

 茶色い髪を後ろで束ねている。

 白く小さな耳がむき出しだった。

 銀の小さな十字架のピアスがゆれている。

 他人の耳が気にかかるなんて。

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