2.もう存在しない指(3)
「おまえらのどちらかだけ大学に行くってことか」
「駄目よ。そんなの公平じゃない」
――公平。
僕らはどれくらいこのことばに縛られてきただろう。
公平。平等。同じ。一緒。
僕らは対称性の呪縛に捕われている。
一方だけでは独立した人格とさえ認めてもらえない。
初めはそうではなかった。
双子だからって同じである必要はない、と僕らが生まれたとき、父は母に宣言した。
まずは春男に秋男といった対の名前はつけないことにしよう。
若かった両親はそれをすばらしい着想だと信じた。
父方、母方双方の祖父に僕らひとりずつの名前を決めさせた。
僕には母方の祖父から智徳という名が、兄には父方の祖父からカツという名が与えられた。
カツというのは呼称ではない。
兄の名はカタカナで「カツ」それだけなのだ。
勝負に「勝つ」のカツ、
己に「克つ」のカツ、
A「かつ」Bのカツ、
そしてなにより「とんかつ」のカツだ、
と祖父はふざけた説明をした。
父方の祖父はそういう真面目なのか不真面目なのかわからない人だった。
祖父たちの意図がどこにあったにせよ、僕らは水岡カツと水岡智徳という、双子はおろか兄弟でさえないような非対称な名前を与えられた。
しかし、実際の育児が始まると、各々になんでも異なったものを与えるわけにもいかず、結局、非対称性は名前だけにとどまった。
お揃いの服。同じ玩具。同じ幼稚園。同じピアノ教室。
僕ら自身もいつの間にかこのシンメトリーに馴らされてしまい、気がつけば同じ高校に通っていた。
そして、この大雨の夜まで僕らの対称性は破られなかった。
父の会社が安泰なままだったなら、いまだに僕らは対称性の呪縛に捕われていたことだろう。
「公平じゃなくてもいいじゃん」
カツは言った。
「ひとりだけなら大学に行けないかな」
「会社を整理したらなにも残らないんだ。この家も手放さなくてはならない。それでもまだ借金は残る」
父はカツの眼を見て諭すように言った。
カツが駄々をこねているとしか見えなかったのだろう。
「親父の借金は親父がどうにかしろよ。まさかおれたちに替わりに返してくれなんて泣きつくつもりじゃないんだろ?」
「お父さんになにを言うの」
母は声を荒げた。
しかし、父はヒステリックな叫びなど耳に入らないという顔だった。
弱々しく微笑んだ。
「もちろん、そんなつもりはないさ」
「だったら、ひとりが働けばもうひとりの学費くらい作れるんじゃない?」
「なんとかなるかもしれないが……、でも、おまえ――」
「おれはさあ、こういうのに我慢ならないんだよ。
親父の会社が潰れるのは、おれのせいじゃないだろ?
なのに、親父はおれたちに大学へ行くなって言うんだ。
なにも親父が身勝手だって言ってるんじゃない。
そんなことじゃないんだ。
責任の問題なんかじゃないんだよ。
運命だとか不運だとか、そんなことばで納得して、毎日、うじうじ暮らすのは、おれの主義じゃないんだ」
後のことだが、証明不明なものの命令に服従することはいっさい拒絶する――純粋アナーキー主義というのを、カツはやけに熱っぽく語ったことがある。
まあ、本人がどんな理屈をつけようと、双子の弟の目から見るかぎり、カツはなんでもかんでも一度は拒絶する、ただの天邪鬼でしかない。
若菜に言わせれば
「カツは眠たいニ歳児ってこと。
ただもう眠たくて、なにもかも気に入らない。
それで手がつけられないくらい泣き喚くわけ」
ということになる。




