8.胸に転がる異物(14)
警察は、加害者の家族に、目撃証人の身許を明かさないだろう。
ちさとが殺人犯寺崎哲雄の娘であるとしても、十三貝さんのことは知りえないはずなのだ。
ちさとと十三貝さんをリンクする誰かが必要だった。
逆に言えば、その可能性さえ否定できれば、ちさとは容疑圏外に置ける。
彼女と十三貝さんをつなぐリンク――それは高畑朝美しかありえなかった。
僕は、朝美ちゃんに、三年前のOL殺しのことを知っているか訊ねた。
彼女の答えは、イエス、だった。
彼女は、十三貝さんが寺崎哲雄を見たことも知っていた。
そして、そういう殺人事件の証人が、同じサークルの先輩にいることを、OGとして参加した、高校の部活動の夏合宿で、話してもいた。
もちろん、その合宿には、ちさとが参加していた。
こうしてリンクはつながった。
そして、ちさとにとってはさらに都合の悪いことに、朝美ちゃんはこうも教えてくれた。
ちさとが、うちの大学に入ってきたときに、〈殺人事件の証人〉に会わせてくれと言われて、十三貝さんに引き合わせてやったと。
そのとき、ちさとは、目撃したときの状況をやたらと詳しく聞こうとして、十三貝さんを辟易させたらしい。
考えれば考えるほど、ちさとは疑わしかった。
ほとんど確定だと言ってもよかった。
喉に渋いものが詰まる。
ちさとが、十三貝さんの耳を切ったり、乳首を切ったりしたというのだろうか。
あの、始終怯えているような態度の裏に、そんな嗜虐的な一面が隠れている――
ことばにしてしまえば〈ありえる話〉だ。
しかし、現実としては納得できない。
電車を降りると、駅前のコンビニで、台所用のゴム手袋を買った。
金を払ったのは、若菜だったが。
カツはついでに「ガリガリくん」も買ってもらった。
十三貝さんのマンションへ向かう道すがら、カツは「ガリガリくん」をちびちびかじっていた。
「あのねえ」足許を見つめて歩いていた若菜が言った。「映画の券が二枚あるんだけど」
「悪いなあ、若菜。映画館で映画を見るなんて本当に久しぶりだ。ずっとビデオしか見てなかったもんなあ。もう二年くらい映画館に入ってないんじゃねえか、トモ?」
「うん、それくらいだね」
「明日行こうぜ。もう公開してんの、若菜? まだ? あ、ところでなんの映画?」
「ちょっとお――」不機嫌な声。
「なに?」
「券は二枚しかないって言ってんじゃない」
「だから、おれとトモで――」
「ばか言ってんじゃないわよ。なんであんたたち二人なのよ。一枚はあたしの分に決まってんでしょ」
「えー、若菜も行くのかよ。おまえ、映画なんか見たって無駄じゃん」
「無駄じゃない! とにかく、あんたたちの片方しか、あたしと映画を見に行けないんだからね。クジでも喧嘩でも好きな方法で、どっちが行くか決めてよ」
「ジャンケンだな」
カツは間髪を入れずに答えた。
本当にジャンケンの好きなやつだ。
結局、カツがグーで勝った。
若菜は、昔のSF映画のリメイクだと教えてくれた。
元の映画はビデオで見たことがあった。
原作も読んでいた。負けてもそれほど悔しくはなかった。
昨日のことがあったから、マンションには見張りが立ったり、玄関のドアに封印がしてあったりするのかと思っていた。
しかし、そうした警戒はなにもなかった。
僕らはあっけなく十三貝さんの部屋に入ってしまった。
ゴム手袋をはめた手で明かりをつけた。
長居するつもりはなかった。
目的のCDはすぐに見つかった。
十三貝さんのJPOP寄りのコレクションから一枚だけ浮いていた、リー・コニッツが当たりだった。
ケースを開けると、privateと赤のサインペンで手書きされた、データ保存用CDが入っていた。
僕はケースを閉じると、ウマノスケと洋子さんの絡み合いを想像しながら、コンビニの袋へ入れた。




