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8.胸に転がる異物(12)

 二人に無駄な会話を続けさせてもよかった。

 が、いいかげんうるさくなっていたので、僕は村上刑事から聞いたことを話した。


 ――耳と乳首は同時に切られた。

 ――それは七月二日午前十一時頃と推定される。

 ――切断面に生活反応はなかった。


 口にするすべてのことばが苦かった。


「そういうことは早く言いなさいよ」

 若菜は立ち上がって、僕の頭を結構強く叩いた。

 叩かれてぐらぐらゆれている脳みそで、僕は考えた。

 宛名ラベルの貼り替えという、若菜の推理はまちがっていないような気がする。

 アリバイ工作というのは、本当にハズレだろうか。

 たしかに、消印の日付と、乳首が切り取られた日付は一致する。

 しかし、この一致が嘘だとしたら……?


 そのとき製氷機が、ガランッ、と氷を落とした。


 大脳のどこかで火花が閃った。

 ――肉の保存は冷蔵すればいい。耳も乳首も冷蔵庫に入れておいたのでは?

 そうすれば、切断後の経過時間を丸一日くらいはごまかせるのではないだろうか。


 この場合、宛名ラベルの貼り替えには意味がない。

 でも、耳と乳首が切られたのが、七月一日のことだとしたら……。

 二日の朝まで十三貝さんが無事だったのは、確認されている。

 つまり、耳と乳首は別人のものということだ。


 一瞬ガッツポーズを決めかけて手を止めた。

 ――しかし、耳も乳首も彼女のものではないなら、姿を消している十三貝美奈子の役割はいったい、なんだ?


「要は、七月二日にどんな意味があるのかってことなんだろ?」

〈カツカレー辛口大盛り生卵!〉をたいらげたカツは、ゲップと一緒に、面倒臭そうに言った。


 そうだ。問題はやはり七月二日なのだ。

 僕は、三年前のOL殺しの一件を、三人に話した。

 もとよりカツにはすべて話すつもりでいたのだが、余計な若菜やマスターがいることには、この際、目をつぶることにした。


 今日一日の報告。

 僕が精液供給者にすぎなかったこと。

 ミロクさんが〈名探偵〉ではなくカインであったこと。

 僕の前に十三貝さんとつきあっていたのは、村上刑事かもしれないということ。

 覚えていたことはすべて話した。

 そして、若菜には目が合うたび、「だれにも言うな」と釘を刺した。


「三年前のOL殺しが、七月二日の理由ってことなのかい?」

 マスターは野菜を炒めている。三日後のカレーソースの下ごしらえだった。


「それが偶然じゃないとすれば、犯人は三年前の事件の関係者で、なおかつ〈パブロフ〉の関係者ってことでしょ?」


「そんなやついないだろ?」と僕。

「同じサークルに、事件の関係者が十三貝さんのほかにもうひとりなんて、偶然にしても、でき過ぎじゃないか」


「いるんじゃねえの?」

 カツは、若菜から煙草を貰って、火をつけた。

「偶然にはならねえよ、事件の関係者が、十三貝って女に近づくために、おまえのサークルに入ったとすればさ」


「つまり、僕以降に入ってきたメンバーってことか」


「山口じゃないの?」

 若菜はとりあえず、いちばん嫌いなやつの名前を上げてみたようだ。


「山口に、OL殺しと、どんな関係があるのさ?」

「えっと、殺されたOLの恋人とか、弟とか」

「それって十三貝さんに感謝こそすれ、恨んだりしないだろ」


「ふう、そうだねえ。

 その女の子に悪意を持つとしたら、やっぱり加害者の方に関係している人間だろうねえ。

 まあ、家族とか……」


「ねえトモ、犯人の男には、別れた妻と娘がいるって言ったわよね……?」


 僕は、若菜の眼に、不安を見つけた。

 彼女が気づいてしまったことに、僕も気づくまで数秒もかからなかった。

 不安は、僕のものにもなった。


「なーるほど。娘かあ。容疑者は、女の子に絞れるわけね」

 気楽なことを、マスターは言っていた。


 絞る必要なんてありはしなかった。

〈パブロフの猿〉に、離婚した母親と暮らしている娘という条件に合致するのは、ひとりだけだ。

 ちさと。

 彼女しかいない。


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