8.胸に転がる異物(11)
「ちがうんだな。
貼り直したっていうのは当たっているけど、貼り損ねたわけじゃないの。
むしろ剥がし損ねたっていうべきなのよ」
「そんな細かい言いまちがいなんて、どうでもいいじゃん」
「もう、鈍いんだから、トモは。
あたしが言ってるのはそんなことじゃないよ。カツはわかる?」
「おれたちの見たラベルが、最初から貼ってあったとは限らないって、言いてえんだろ?」
カツはうつぶせたまま答えた。なげやりな口調。
「そう、カツ。よくわかったね」
「うーん、あたしにゃ今一つ飲み込めないなあ」
カツの前に〈カツカレー辛口大盛り生卵!〉の皿を置いて、マスターは首をひねった。
カツが、バネ仕掛けのように起き上がって、スプーンを握った。
僕もピンとこなかったが、マスターと同レベルに見られるのも嫌だったので、わかったようなふりで黙っていた。
若菜は得意げに煙を吹き出した。
「だからあ、最初に貼ってあったラベルは、トモあてじゃなかったってこと。
犯人はまず自分あてのラベルを貼って、空のまま投函したのよ」
「なんでそんなことしたんだい?」とマスター。
「七月二日の消印が欲しかったわけ」
若菜は、煙草の手をくるくる振り回した。
「自分に配達された封筒から、ラベルを剥がして、トモ宛てのラベルに貼り替えた。
でも、剥がすときにミスをして、封筒の表面が一部剥がれてしまったのね。
それから、乳首を封入して、今度は郵便ポストには投函せずに、直接、トモんちの郵便受けに放り込んだわけ。
――どうよ、この推理?」
カレーをがっついているカツは、無反応だった。
今、彼の世界には、自分と〈カツカレー辛口大盛り生卵!〉の二物しか存在していない。
「どうして七月二日の消印が必要なんだ?」
マスターは、まだ納得がいかない、という顔だった。そういうときの癖で、頬の髭を撫でていた。
「たぶんね、乳首が切られたのは、二日よりも以前だって、偽装したかったのよ」
「ああ、なるほどね。アリバイ工作ってわけだ」
マスターは、カウンターの中で、皿を洗い始めた。
「でも、若菜、耳が切られたのは二日だろう。
どうして一緒に切らなかったのかねえ。
……そう考えると、変な話だなあ。だって、そうだろ?
アリバイのために、乳首を切ったのを二日に見せかけるとしたら、犯人には、その日のアリバイがあるってことだよね。
でも、二日には耳を切っているわけだから、本当の意味でのアリバイはないわけだ。
それとも別に、二日のためのアリバイ工作もしたのかな。
でもさ、もうひとつアリバイを作ってあるのだとしてもだよ、それなら今度は、乳首を耳と分けて切る必要もない、ということになるんだよ。
ひとつですむ偽装アリバイを、二つも用意しなくちゃいけないわけだから。
なんでそんな面倒なことをするかなあ」
マスターは洗い物を終えると、野菜を切り始めた。
「どうして耳と乳首を一緒に切らないかなあ……。
こういうときは、推理小説だとたいてい、一緒に切ることができなかったから、という答えになるんだよね。
うむむ、そういうことかあ。
同時に切ることができなかった。同時に行うわけにはいかなかった――
なぜだ?
なぜだろう、若菜?」
「うううっ、グチャグチャうるさい!」
まあ、若菜の脳みその集中力なんてこんなもんだ。




