表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
106/191

8・胸に転がる異物(10)

「なんでいつもあたしが、おまえらの尻拭いをするんだ?」


「そういう星回りなんじゃねえの、おじさん?」

 カツは端のテーブルでのびていた。

「なにか飲ませてくれない? 脱水症状で頭がズキズキしてきた」


 マスターが返事する前に、若菜がカウンターの中へ回り込み、自分の店のように冷蔵庫のドアを開けて、コーラを出した。


「あんた、朝からなにも食べてないんじゃない?」

「当然だろ、財布がねえんだからよ」

「あれから今までどこにいたのよ?」

「図書館で本読んでた」とカツは答えた。


 三分の一は嘘だ。

 本を読んでいたのは〈城〉でだし、午前中は図書館ではなく、「ハローワーク」に行っていたという。

 プラトーでの別れ際に、「探しものがある」と言っていたのは、職探しのことだったのだ。

 しかし、そんなことを若菜に教えたら、彼女はまちがいなく父親に話すだろう。

 健オジは、今度こそと張り切って、カツがいちばん嫌いそうな〈いい仕事〉を見つけてくるにちがいない。


「そういえば腹減ってるな」

「ここ、カレーしかないけど……」と若菜。


 おまえの店じゃないぞ、と僕はつぶやいた。


 カツは「カツカレー辛口大盛り生卵!」と叫んだ。

 そして、その代金は、僕のバイト代から天引きされることになった。


「今度は乳首だって?」

 マスターが、カレーソースを温めながら訊いてきた。


 ひと目見ただけで、あれが乳首だと母にはわかったのか、と感心していると、若菜がごめんと謝った。


「だって、学校の人に話すなって言ったけど、マスターに話すなとは言わなかったじゃない、トモ」


 ……そういう問題かよ?

 僕は頭をひねりながら、クーラーの温度を下げに行った。


「ずいぶんと細切れのバラバラ殺人だねえ」

「まだ死んだと決まったわけじゃない!」


 マスターの呑気な口調に、僕は声を荒げて言い返した。

 マスターは驚いた顔で僕を見つめていたが、やがて合点がいったというようにうなずいた。


「……そういうことなんだ」

「なにがそういうことなのさ?」


「おまえは、自分の責任だと悔やんでるんだろ?

 恋人がひどい目に遭ったのも、彼女を守ってやれなかったのも、全部自分のせいだと考えているんだろ?」


 そういうことなのか。自問する。

 これは僕の責任なのか。

 ちがう気がした。


 乳首が送られてきたのは、僕への恨みだとしても、それは僕の責任ではないはずだ。

 だいたい、十三貝さんは恋人じゃないし。

 彼女を探したい気持ちは恋愛感情とは別のものだ。


 いずれ、だれしも記憶に変わる。

 ただ、時間に風化し消えていく記憶もあれば、風化を拒み、いつまでも生々しく残る記憶もある。

 このまま十三貝さんが僕の前から消えてしまったら、僕は彼女の記憶を持て余してしまうだろう。


 胸の空洞に転がり続ける異物。

〈鬼婆あ〉がそうだった。

 十三貝さんが同じ異物になってしまうのを、僕は恐れていた。


「あの封筒なんだけど、あんたたち、気がつかなかった?」


 テーブルにうつぶせているカツの前で、若菜は煙草に火をつけた。

 封筒の表に、紙の剥がれているところがあっただろう、と言った。


 たしかに、宛名ラベルの下隅あたり、五ミリ四方くらいの大きさで、紙の表面が剥がれていた。

 そこだけ、繊維がけば立っていたのを覚えていた。

 ラベルシールを一度貼り損ねて、また貼り直したのだろう、と言うと、若菜は僕を馬鹿にして、首を振った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ