8.胸に転がる異物(8)
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カツは二階のいちばん明るい部屋にいた。
壁にもたれて床に座り込んでいた。
膝には薄い本を開いている。傍らに十冊ばかり本が積み上げてある。
僕に気づくと「やっぱ車谷長吉はいいわあ」と呑気なことを言った。
「なに借りた?」
「東インド会社」
「はあ?」
「ちょっと調べてみてえことがあってさ」
「突然東インド会社かあ」
「いやあ、転職しようかって、な」
ヘヘヘ、と笑った。
「もう家に帰ったんか」
僕は首を振った。
そうか、と言って、カツは本に眼を戻した。
今夜CDを取り返しに行く、と話した。
つきあってくれってことか。そうだよ、いいじゃん。パタンッ、とカツは本を閉じた。
「おまえ、なに隠してる?」
「なにも」
「嘘つけ。
――あのなあ、トモ。
兄弟だからって、無条件に信じてもらえるなんて、そんなお気楽な期待はすんなよな」
「耳のことで僕を疑ってるのか」
「だれも疑っちゃいねえ。おれにゃ関係ねえもん。
可能性のあるやつがぞろぞろいて、おまえもそん中のひとりだってだけだ。
おまえが犯人だっていいんだ、おれには関係のない話だからな」
「僕はやってない」
僕は自分そっくりの顔を凝視した。
「信じてくれないのか」
「おまえ隠してることあるだろ?
そいつがはっきりしないうちは、おれにはなんとも言えないね。
式の一部が欠けてるのに、答えなんか出せねえよ」
「そっちだって僕に隠してることがあるだろ?
ここんとこ様子が変だぜ、カツ」
僕らの間に、埃がきらきら光りながら、舞っていた。
夏の青臭い匂いがした。
カツは、人指し指のない右手で、眼の下の汗を拭い、はだけた胸をポリポリ掻いた。
「正直になろうよ、カツ。お互い隠していることを話そう。それでいいだろ?」
どこへ行っても、今日は正直になる話ばかりだった。
しかし、自分の口から、こんなことを言うとは――。
伝染性正直に感染してしまったのかもしれない。
おまえからだ、とカツは言った。
僕は十三貝さんとの関係を話した。
カツは、はあ、と言った。
「変な気の回しすぎだよ。
双子だからって、なにも一緒に童貞捨てなくたっていいんだからさ。
自分だけ女の子とつきあうのはまずいってか?
なんだかなあ……クローネンバーグじゃあるめえし。
そのうち、ひとりの子を共有しようなんて、ふざけたことを言い出しかねねえな、おまえ」
「馬鹿言うなよ」
脳裏に若菜の顔が浮かんで、僕は赤面した。
「次はおまえだ。カツが隠しているのはなんだよ?」
カツは、図書館が貸してくれる布製の手提げ袋に、本を突っ込み始めた。
一冊一冊、厚さを確認して、手提げ袋が太らないように、入れていく。
こいつ、聞くだけ聞いて、話す気がないのか、と腹を立てかけた頃、親には言うなよ、とカツはぼそっと言った。
「なんだよ、そんな凄い秘密か」
「凄いよ。お袋なんか聞いたら、今朝の騒ぎどころじゃないぜ、きっと」




