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次元都市アクシス  作者: 七夜
01 終わりと始まりの世界
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Chapter03-5

 モール内で必要な買い物を終え、夕飯も済ませるとすっかり夜である。

 俺たちは八番ラインの入り口付近で解散し、各自帰路についた。

 フィーダとノインは後回しにしていた装備の整備をするために工房へ、ラッドはA区にある自宅へ向かうために例のバスみたいな乗り物で去っていった。

 今日一緒に行動したメンバーの中で、唯一ラッドがこの都市で生まれ育ったらしい。店の案内は殆どあいつがしてくれたのだが、通りで知り尽くしていた訳だ。

 他のメンバーについても、レストランで夕飯を食べながらそれぞれの出自を聞いた。

 ノインは四年前に元軍人の父に連れられて都市を訪れ、そのままガーディアンに。フィーダは都市の先進技術に惹かれ、自らテスターとなるべく先月来訪。二人とも俺と同じ宿舎に住んでいるそうだ。

 そして、ルナリアは――


「どうしたの?」

 不意にかけられた声に、思索にふけっていた意識が現実へと戻る。

 数歩離れた先には、不思議そうな表情で立ち止まりこちらを振り返るルナリアがいた。

「い、いや。少し考え事を」

「ふぅん。まあいいわ。ぼーっとしてないで早く行くわよ」

「……」

 どうしてあっちが先導する形になっているのだろう。

 自分がぼーっと突っ立っていたからなのだがどこか釈然としない。

 とは言え無駄な反骨精神を発揮する気もなく、俺は急かされるまま彼女が向かう先――管理局の本棟へと歩を進める。

 元々、あそこへは一人で行くつもりだった。

 しかし別れ際にそのことを話したら、ルナリアが「私も行く」と言って勝手に残ってしまったのだ。

 その場では断る理由が思いつかず、かと言って既に発車していたバスを停めることも出来ず、なし崩し的に同行を許すことになってしまった。

 別にルナリアがいて困るということはないのだが、こういうのは自分の柄じゃない気がして恥ずかしかったのだ。

 俺は現在、小さな紙袋を一つだけ手に提げている。

 生活必需品のまとめ買いをした割にはかなり少ない荷物だが、モールの商店には自宅へ配送ならぬ、自宅へ転送サービスがある。

 宿舎の方に直接送ってもらったため、移動中に手荷物が増えることもなく実に快適な買い物だった。

 むしろこういった工夫を凝らすことで顧客の財布の紐を緩めているのだとしたら侮れない話だ。

 俺とルナリアは本棟へと入り、エレベーターに乗り込んで五〇階を目指す。

 上昇している間は、他愛のない雑談の時間だった。

「夕飯の時もそうだけど、ノインってゲテモノ好きなの?」

「というよりは、単に新しい物が好きなのかも。あの子ってガーディアンとしてのキャリアは私たちより長いけど、やっぱりまだ子供だし」

「好奇心が旺盛ってことか。にしたってコーラ味のカレーは無いだろ。色に騙されたフィーダが一口貰って吹き出してたぞ」

「そもそもあの手のメニューって誰が考えてるのかしら……」

「フューリー室長……てのは流石に疑りすぎか。まあいつの時代にも挑戦的な発想の持ち主はいるんだな」

「春近って、結構な頻度で年寄り臭いこと言うわね」

「気のせいだって」

 地元。つまりは元の世界と比較しての発言なのだが、文明レベルの違いからどうしても過去との対比みたくなってしまうのは困りものだった。

 今日一日の俺は、傍から見ればジェネレーションギャップに驚かされる老人みたいな感じだっただろう。

 あんまり田舎者扱いされるのも面白くないので、しばらくの間、空いた時間はこの都市や世界についての情報を集めるのに使うべきかもしれない。

 そんなことを考えている内に、エレベーターは停止していた。

 開いたドアからルナリアが先に出て、俺はその後に続く。

 昼に外へと出る際に使ったのとは別のエレベーターだったので、ここからの道は俺もよくわからならかったのだ。結果的には土地勘のあるルナリアがいてくれて助かっていた。

 三つ編みで一本にまとめられたおさげが左右に揺れるのを無意識に目で追っていると、俺はふと気づく。

 よくよく考えてみれば、今の俺って女子と二人きりだったな。

 その場の流れでこうなった上にこの後色気のあるイベントがある予定もないのだが、事実としてそうである。

 しかも、相手は金髪碧眼の美少女だ。

 元の世界では創作でしか見たことのない存在であり、もしこの場に友人のオタクがいたら喜びのあまり発狂していたかもしれない。

 俺はどちらかと言えば、女子と対面すると緊張する派だった。会話自体は出来るが、どうしても相手の反応を伺いがちだった。折角共学に通っているのに男ばかりとつるんでいたらこうなるという悪い例である。

 だが、エレベーターでルナリアと会話していた時の俺は至って平静。

 それこそ、普段男友達と喋っているのと変わらない気軽さだった。

 失礼な話かもしれないが、彼女を女子として認識していないという訳ではないのだ。話題だってちゃんと選ぶし、笑っている顔は可愛いなとも思う。

 しかし意思とは無関係に心の底から来るような、異性に対して抱く本能的な感情が不思議と湧いて来なかった。

 自分のことなのに、どこか他人事のように捉えているような。

 自己を客観的に、俯瞰的な視点で見ているような、そんな気が。

「……考えすぎかな」

 頭を軽く振り、気分を切り替える。

 俺は心理学なんて齧ってないし、いくら考えたって答えなんか見つけようがない。

 今の時点で別に不都合がある訳でもないし、何より今向かっている場所に辛気臭い面で入るのは良くないと思った。

 きっと今日は色々ありすぎて疲れているから、そんな気持ちにもなれなかったのだろう。

 取りあえず、今はそれでいい。

「着いたわ。部屋の番号はここで合ってるの?」

「ん、ああ。ここで間違いない」

 俺は昼前にフューリーから予め聞いていた、この部屋に案内してくれるようルナリアに頼んでいた。一人なら地図を見ながら来ていただろうが、たぶんそれよりは早く着いただろう。

 本棟五〇階の、五〇二七号室。

 ドアに表記されている番号と記憶にある情報が合致していることを再度確かめ、軽く三回ほどノック。

「……失礼します」

 数秒待って全く応答がないことを確認してから、俺はルナリアに先んじて部屋の中へと踏み込んだ。


 室内は、俺がフューリーや久道さんと対面した部屋と大差ない造りだった。

 白い壁に白い天井。薬品の匂いが漂う、病院の一室みたいな部屋。

 違いを述べるとするならば、部屋の真ん中に置かれたベッドには俺ではなく一人の少女が寝かされていること。

 ベッドの周りには測定用の器材が雑多に置かれていて、その全てが彼女と繋がり単調な電子音を鳴らし続けていること。


 そして。

 少女は――シアは、一向に目を覚ます気配がないということ。

「本当に眠っているみたいね」

「そう、だな」

 来訪者が来ても微動だにしない少女の表情を改めたルナリアが呟き、俺はそれに同意する。

 フューリー曰く、外傷の方は既に完治済み。出血量は危険域にあったものの、脳に障害が残ることもないようだ。

 現に心拍数も脳波も安定していて、穏やかな寝息を立てるシアの表情に苦痛の色は見られない。

 危篤状態からは程遠く、本当にいつ目覚めてもおかしくない体調である。

 なのに、彼女の意識は回復していなかった。

「どうして目を覚まさないんだろうな」

「わからない。私も医学についてはさっぱりだから」

 ルアリアに答えを求めても仕方のないことだったが、問わずにはいられなかった。

 シアが助かったことは、俺にとって非常に大きな意味を占めている。

 俺が一度自暴自棄になりかけ、そこから立ち直れたのはシアが生きていたからだ。

 彼女の命を救えたことにこの世界へ来た意味を見いだせたからこそ、俺はこの世界で前を向いて生きようと決心出来た。

 もしこのままシアの意識が戻らなかったら、俺はどうなる。

 このまま死んだも同然に眠り続けてしまうのだとしたら、俺がしたことに意味なんてあったのか。

 仮に目覚めたとしても、シアの両親は亡くなっている。フューリーは彼女次第だと言っていたが、シアはまだ中学に上がるか上がらないかくらいの子供だ。自分のことに全ての責任を持つには早すぎる。

 これは平和な世界で生きて来たからこその発想なのかもしれないが、それでも考えずにはいられない。

 もし目覚めなかったら。

 でも目覚めたとして、シアが現実に絶望してしまったとしたら。

 俺は――


「春近」

「っ、何だ?」

「何だじゃないわよ」

 ルナリアが心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。

 声をかけられるまで気が付かなかった。

「凄い深刻な表情だったけど、どうかしたの?」

「……別に」

 問いかけに対し、俺は昏く嗤う。

 さっきまでの俺だったら「何でもない」の一点張りで誤魔化していただろう。

 今はそんな気になれなかった。

 と、言うよりは。

 そんな心の余裕がなかったと言うべきか。

「自分の愚かさ加減に、心底愛想を尽かせていただけだよ」

「……」

 沈黙するルナリアへ、俺は黒い感情を垂れ流し続ける。

「一人の命を救ったと言われて舞い上がって、勝手にそこへ意味を見出してさ。意識が戻らなかった無意味だなんて勝手なこと考えた一方で、起きた時に何を言われるのかを勝手に恐がってる」

 勝手勝手勝手。

 どこまも身勝手。

 相手の生に執着しておきながら、同時にそれを恐れる。

 そんな感情の揺れ動きが、あまりにも醜くて愚かだ。

 正面に立つ相手の真っすぐ見通すような視線に耐え切れず、数歩引き下がると背中が壁とぶつかった。

 そのまま力が抜けたように、ズルズルと俺は座り込む。

「とんだ屑野郎だよ、俺は」

 お見舞いと称してここに来たのも、ただの自己満足でしかないことに気づかされた。

 相手に意識がないと知っていたから、平気な顔をしてここまで来れた。

 意識が戻っていたとして、それをわかっていたら果たして俺はお見舞いになんか来ただろうか?

 糾弾される心配がないことに安心し、シアを気遣うことでこの世界に居場所があると思い込みたいんじゃないのか?

 ルナリアの同行に難色を示したのも、後ろめたい気持ちを相手に悟られたくなかったからじゃないのか?

 いつしかのように冷徹な言葉を投げかけてくる自分に対し、返す言葉もない。

 突きつけられているのは、どうもしようがない己の真実だ。

 語るべき言葉も失い俯いたまま、断罪を待つ罪人が如くルナリアの返事を待つ。

 罵倒されるだろうか。言葉をかける価値すらないと立ち去られるだろうか。

 どちらでも構わない。

 どちらにせよ、今の自分には相応しいと思った。


 だから、

「良かった」

「――は?」

 心の底から安心したようなルナリアの声に、俺は耳を疑う他なかった。

 顔を上げれば、一人の少女が優しく微笑んでいる。

 どうしてと問う前に、ルナリアが口を開いた。

「今日一日。それこそラウンジで最初に挨拶して来た時から、何となく無理をしてるような気がしてたから。本音が聞けて、正直安心してる」

「嘘、だよな?」

「こんな時に嘘をついてどうすんのよ。それに私だけじゃないわよ? みんな、一目で春近が危なっかしい状態だったことに気づいてた。ノインがあんな冗談言うとこなんて初めて見たわ」

 ――最初の挨拶のあれ、冗談だったのか。

 あまりにも真顔で言うもんだから、本気でそう思ってるのかと。

 しかし、そういうことか。

 どうにもみんな、俺を受け入れるのが早すぎるとは思っていたのだが。

「そんなに酷い状態だったのか」

「誤魔化せてるつもりだったのなら落第点ね。敢えて指摘はしなかったけど、笑う度に一瞬顔が引きつってたわよ」

「恥ずかしすぎるなそれ。気づいてたならもっと早く言ってくれよ、意地の悪い」

「茶化さないの。ねぇ、どうしてそんな寂しそうにしてるの?」

「俺、そんな顔してたのか?」

「朝からずっとよ」

「……酷いな、本当に」

 それとも、俺が筒抜けなだけなのか。

 何にせよ、向こうに退く気はないようだ。

 いいだろう。どうせこれ以上かっこ悪くなりようがないんだ。

 腐った心根を全て、ここでさらけ出してしまえばいい。


「全部、まやかしだったんだ」


「家も両親も友達も何もかも失って、それでも俺が生きている意味はあると思ったんだ。死にかけてた女の子を助けることが出来て、ここにいた意味はあったんだと思った」

 偽りのない事実だ。

 久道さんからかけられた言葉は俺にとって一つの救いだったのだ。

 だが、それはシアにとって救いになっていたのだろうか。

「けどそれって、結局はただの自己満足じゃないのか? 俺が勝手に、そう思いたかっただけじゃないのか?」

 一度喋りだしたら、止まらなくなった。

 ろくに整理も出来ていない言葉が、そのまま舌の上を滑っていく。

「少なくともあの子はそんなこと頼んじゃいなかった。最後まで両親と一緒にいたいって言ってたんだよ! あの時の選択は間違っていたのか? 本当は助けてなんて欲しくなかったんじゃないのか? だったら俺がしたことなんて何の意味もないじゃないか!? 俺がここにいる意味も、生きてる意味も……!」

 もはや言っていることが支離滅裂だ。

 実際のところ、シアは俺に対し一言も言葉を発していない。

 なのに聞いたような気がするという理由だけで断言してしまうのだから、俺はもう駄目かもしれない。

 泣きたいくらいに惨めなのに、涙は一滴も零れない。

 まるで機能を失ったかのように涙腺は冷え切っている。

 限界だった。

「なぁ、ルナリア」

 俺は。

 決して言うまいとしていたその言葉を。

 こともあろうに、この世界に生きる人物へ向けて発した。


「この悪夢は、いつになったら覚めるんだ?」

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