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次元都市アクシス  作者: 七夜
01 終わりと始まりの世界
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Chapter03-4

 集合時間を若干オーバーしていて、俺たちは待ち合わせ場所である実験棟の入り口まで少し急ぎ目で戻る。フューリーと長く話し過ぎたようだ。

 しかし彼女たちはまだいなかったので軽く雑談していると、工房の方からフィーダとノインが出てくるのが遠目に見えた。

 二人はこちらが既に集まっているのを見るなり、パタパタと駆け寄ってくる。

「すみません遅れました!」

「少々手こずった」

 荷物を置くだけなのに何を手こずるのだろうか。

 ラッドも疑問に思ったのか、率先して聞きに行った。

「オレらも今来たばっかだ。そっちでも何かあったのか?」

「それがですね。工房全体がバタバタしてたというか、物凄い緊迫した状態だったんですよ」

「小耳に聞いたところではフューリー女史の指示の下、新たな次元兵器の試験稼働とのこと。事実であれば、あの空気にも納得出来る」

「実験ってそのことだったのか。そこまで気を張るってことは、やっぱり危険なもんなのか?」

 実験棟や工房が本棟から離れた位置にある理由はエレベーターの中で話を聞いたが、具体的にはどれほどの被害が出るのだろうか。

 わざわざ同じ敷地内で一キロ近く距離を空けているのだから、軽く爆発してアフロになってお終いとは思えない。

 しかし尋ねられた面々の表情は芳しくなかった。

「さあ、どうなんだろうな。オレは失敗したとこ見たことねえし。ノインはどうだ?」

「右に同じく。四年ほどガーディアンを続けているが、局全体に知れ渡るような失敗はなかったと思われる」

「この中で一番古株のノイちゃん先輩が知らないとなると……ルナ先輩は何か知ってたりします?」

「どうしてその流れで私に振るのよ。私はノインの一年遅れなんだけど?」

「でもルナリアって確かハルチカと同じスカウト組だよな。オレらと比べて室長とも個人的に結構話してるし、昔の実験について何か情報ないのか?」

 ルナリアもフューリーにスカウトされた?

 初耳だった。まあ尋ねてもないしそりゃ当然なんだけど。

 礼を言った時の口ぶりからして意識が高そうだし、ラウンジで久道さんが作戦の終了を告げた時も一人だけ反省みたいなことしてたし、てっきり志願してのガーディアン入りかと思っていた。

 指摘されたルナリアは、記憶を掘り返すようにしばらく唸り、

「……そういえば室長が、一〇年くらい前にちょっと失敗して工房内で危うく小型のブラックホールが発生しかけたって、だいぶ前に言ってた気がする」

「ブラックホール!?」

 急にスケールが半端ないことになった。

 ブラックホールと言えば、有名な話として光すら逃げられないとか、星すら飲み込んでしまうとか。断片的な知識でもとにかくヤバいものだというのはわかる。

 ちょっと失敗しちゃった程度で地球上に発生したら問題だと思うんだけど気のせい?

 駄目だ、次元技術の底が見えない。

「迅速に対処したお陰で死者こそ出なかったけど、工房は丸ごと消し飛ぶは実験棟も三分の一が削り取られるわで大変だったそうね」

「むしろよくその程度で済みましたね……」

「なるほど、ピリピリする訳だ」

「それにしたって、あの緊張状態は少々異常だった」

 ノインは若干納得していないようだが、俺は疑問に思わなかった。

 実用化出来た際のリターンの大きさは既に幾つか目の当たりにしているものの、聞く限りじゃ失敗した時のリスクがデカすぎる。冗談ではなく、ここでの失敗で世界が滅びかねない。

 そりゃ空気も張り詰めるだろう。注意しすぎるなんてこともあるまい。

 ……あれ?

 俺たち、実験を指揮してたフューリーと廊下で長々と立ち話をしていたけど、あれって大丈夫だったのかな。

 実験の途中って言ってたけど、もしかして話してた間は工房放置状態?

 あー、だからいつも以上に皆さん緊張していたと――

「どうしたハルチカ?」

「――っ!? いや、何でもない。それより腹減ってきたな。そろそろ昼時だし、飯食いにいかないか?」

「名案です! わたし実はだいぶ前からペコペコでした!」

「お、おう、そうだな」

 特に何も考えていなさそうなフィーダの後押しもあり、なんとか誤魔化せたようだ。ルナリアやノインの訝し気な視線は気付かなかったことにする。

 腹が減っていたのは事実だし、嘘をついてはいないので後ろめたいこともない。

 別に誤魔化す必要もなかったと思ったが、とにかくここは穏便かつ早急に工房の近くから立ち去りたかった。

 大丈夫だとは思うが、万一のことがある。

 一万分の一の確率とは言え、飛行機も事故る時は事故るんだから。


 ◇


 一度管理局の本棟へと戻り、局員用の食堂で昼食をとった。

 高校の学食と形式は似ていて、各自カウンターで注文した料理を受け取ってからレジで会計を済ませるといった感じだ。

 まあ、思ったよりも普通だったな。

 食堂へ入った時にメニューの情報が視界内に表示されたり、そこから選択してカウンターの前に立てば自動で注文がされるなど、細々とした部分は元の世界より進化している。

 しかし《タグ》や《ブリンカー》ほどの衝撃があったかと聞かれれば、ぶっちゃけそうでもない。

 ちなみに、ここでお金の使い方も覚えた。

 通貨の概念は都市が出来る前から全国で統一がなされたらしく、全て電子マネーだそうな。いちいち財布を持ち歩く必要もなく、会計の際は専用の端末に手のひらをポンと置くだけ。実にお手ごろだ。

 クレジットカードと違って使った分は即時引き落とされ、残高もしっかり表示される。自分で気をつけさえすれば、いつの間にか借金まみれになっていたなんて間抜けな事態にも陥らないだろう。

 肝心な料理のラインナップなのだが、こちらも俺の常識から逸脱したものは特に見られなかった。料理の説明欄には使用されている食材の産地までしっかりと記載されている。

 こういう未来風のSFで良くあるのが出所不明の謎肉や変な色の野菜であり、恐れを抱きつつちょっぴり期待していたので見事に肩透かしを食らった。

 注文したものは各人バラバラだったが、どれも地元で見慣れたものばかりだ。

 唯一の例外が、ノインが無心で啜り続けていた汁も麺も真っ青なうどん状の何かだった。

 試しに一口貰ったら、口一杯に広がるソーダ味。危うく吹き出しかけた。

 どうやら新商品だったらしい。日本人として相いれない味をしていたが、ノインは割と美味しそうに食べていた。

 一緒に味見させてもらってたラッドも渋い顔をしてたし、俺の味覚がおかしいということではないのだろう。


 世話話を挟みつつの食事を終えた頃には一三時前となり、満を持して俺たちは都市へと繰り出すことになった。

 都市の大まかな構造は管理局を中心とした円形で、全体をAからFの六つに区分けしている。

 例えば俺が世界移動直後にいたのはA区で、B区と併せて生活エリアとも呼ばれている。住宅や商店といった、文字通り生活に関わるものが集中した地域だそうだ。

 エリアを横切る大通りはラインと呼ばれ、A・B区を合わせて九本。上から見て、扇形を一〇等分するように敷かれている。

 俺たちが向かうのは被害が比較的軽微だったらしいB区の八番ライン。

 ラインまでは管理局の外周を周回しているバスのような乗り物で移動する。

 車輪の見当たらない車体は路面にピッタリくっついているのに、とてもスムーズに走っている。

 摩擦を感じさせない動きは外から見る分には面白かったが、実際乗ってみると揺れもしないし音もしないしで何とも言えない気分になった。

 移動の最中、区分けの話を聞いている最中に気になっていたことを尋ねてみる。

「同じ生活エリアで被害の差って大きく出るもんなのか?」

「単純な人口密度の差ね。一口に生活エリアと言っても、A区は住宅の割合が多いのよ。逆にB区は商業寄り。今向かってる八番ラインはモールになってるし」

「なるほど。朝っぱらじゃ店も開いてないし、外を出歩く人も少なかったんだな」

 大抵の店は早くても九時か一〇時くらいからの開業だ。こっちに来たのは九時前だったし、人がいなかったのも頷ける。

 目的の停車駅までは五分程度で着いた。そこから少しだけ歩いて管理局の出口にあるゲートをくぐれば、そこはもう八番ラインの端。

 最初に見たA区の街並みは飾り気がないというか無機質な印象を受けたが、今目の前に広がっている景色は随分と趣きが違っていた。

 建物の殆どは客の目を引くためか、ネオンに似たカラフルな看板を掲げている。道幅自体もA区のラインと比べてかなり広く、遠くの方には噴水みたいなものまで見える。少し上の方へ視線をずらせば淡い水色のクリアな屋根がラインを覆っていて、陽光を程良い塩梅に透き通らせている。

 用いられている技術に多少の違いこそあれど、全体的な雰囲気は俺の知るショッピングモールに通じるものがあった。

「あんなことがあった後の割には、結構賑わってるんだな」

「変異体の襲撃なんて世界的に見ても日常茶飯事だもの。外に比べれば、都市は全然マシな方よ」

「へぇ、それはまた逞しいことで……うぉあ!?」

 店の並ぶ通りに足を踏み入れると、途端に大量の広告が視界を埋め尽くした。

 パッと見で用途のわかる道具から何に使うのか見当もつかないアイテムまで、統一感のまるでない画像の大群に圧倒される。

 地味にどの広告も日本語なのは、自動翻訳でも働いているのだろうか。

「ちょ、これ消しても消してもキリがないぞ!?」

「あーわかりますその気持ち。わたしも初めてここ来た時は大変でしたよ」

「初心者あるあるだな。広告系の情報はフィルターかけないと都市での生活に支障をきたすぜ?」

「今まさにそうなってるとこだよ!」

 操作もままならないまま、何とかメニューから視覚投影情報の一括クリアを選択。広告の壁が消失し、ようやく前が見えるようになった。

 ふー焦った。

 こんなに焦ったのは、昔パソコンで変なサイトを開いて大量のウィンドウが出まくった時以来だ。

 あの時は小学生だったから、消したら倍に増えるウィンドウの前になす術もなく泣きながら親を頼ったものだ。

 きっと、分不相応にエロサイトなんて見ようとしたガキに罰が下ったのだろう。

 だがしかし。

 無知なクソガキも今となっては高校生。

 いや、元高校生か? まあ、んなことどうでもいい。

 完全な大人とは言えないものの、ある程度ネット社会の酸いも甘いも噛み分けてきた俺ならば、もうあんなミスは犯さないのだ!

 ……こっちの世界だと、そういうコンテンツってどんな風になってんだろ。

 今度ラッドに聞いてみよう。

 流石に女子がいる前で聞くのは気が引けた。

「買う物は決まってるの?」

「えーっと、そうだな」

 ルナリアに問われ、俺は先ほど久道さんから送信されたメールから備品リストを開く。

 テレビや冷蔵庫といった良く知るものは言わずもがな、たまに現れる知らない名前の道具に関しても簡単な注釈が載っているのでわかりやすい。

 久道さん様様だ。

「生活に必要な最低限の家電は一揃いありそうだから、あとは店を見つつ適当にかな。あとは消耗品を買い溜めときたい」

「なら時間もあるし、通りの向こうまで見て回りましょうか。お金は大丈夫?」

「ああ、問題ない」

 昼食の会計を済ませた時に残高を確認したが、飯代を五百円前後と仮定すると結構な額が準備費として振り込まれていた。

 具体的には、最新の据え置きゲーム機を一〇台以上買ってもお釣りがくるくらい。

 宿舎はガーディアンなら無料で使えるそうなので家賃の心配もなく、懐には結構余裕がある。

「ついでだし夕飯もここで食っていくか。新任祝いとしてハルチカの奢りでな!」

「奢る側が逆じゃね普通!? てか何が悲しゅうて男に奢らにゃならん!」

「あら、じゃあ私たちには奢ってくれるんだ」

「マジですかハルさん神ですね!」

「流石トモノエ・ハルチカ。軍人の鏡である」

 この子らも調子いいよねホント!

 しかも俺は軍人じゃない。ガーディアンは軍属じゃないから。

 でも、この流れはマジで奢る流れか。

 しゃあない。案内してもらった恩もあるし、一食くらいなら問題ないだろう。

「今日だけだからな……あとラッド、お前は自腹だから」

「何故に!?」

 そんなやり取りをしつつ、俺たちはモールの中をゆっくりと進んでいく。

 全てを見回る頃には、日もだいぶ暮れていた。

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