Chapter03-2
章始め以降のサブタイトルをナンバリングのみに修正しました。以降もこの方針でいきます。
「それにしても、ラッドたちが快く案内を買って出てくれて助かったよ」
「気にすんなって。オレらって年近いし、無駄に肩肘張らなくて済むしな」
「ですです、水臭いことは言うことナッシングですよ。ここは先輩をドーンと頼って良いんですから!」
フィーダはそう勇ましく、ドーンと胸を張った。
……何がとは言わんが、その、デカい。まさにドーンって感じ。
勢いでよく揺れるもんだから、正直目のやり場に困る。
自信に満ちた表情の彼女を、隣にいたノインが胡乱気な目で見上げて。
「フィーダ・レティエも就任して半月。部類としてはトモノエ・ハルチカと同じくルーキーであると――むぐ」
「ワーワー! ノイちゃん先輩それ言っちゃダメなやつです!」
一転して慌ててノインの口を塞ぐフィーダだったが、もう殆ど聞こえてた。
半月ってことはまだガーディアンになって二週間くらいなのか。どのくらいの差になるのかはわからないけど、期間的にはそこまで離れていないと思う。
しかし当のフィーダは先輩として扱って頂きたいご様子。
「フィーダ先輩って呼んだ方がいいか?」
「うぅ、もういいです……なんか虚しくなるので」
「そ、そうか」
念のため確認を取るも、さっきまでの覇気が嘘のようなしぼみ様。青菜に塩とはまさにこのことだな。
いつまでも膝を抱えられていたらキリがないし、ここはフォローすべきか。バラした本人は全く悪びれる様子ないし。
「まあ、アレだ。呼び方はともかく一応先輩であることには変わりないし、わからないことがあったら積極的に聞くから」
「――ハイッ、よろこんで!!」
うわめっちゃ元気になった。
落ち込んだかと思えば輝かんばかりの笑顔になったりと、表情がコロコロ変わる子だ。
そして立ち上がった拍子に、また揺れる。
やはりデカい。
「そ、それはそれとして! この後はどうする?」
「そうね……今から都市の生活エリアに向かってもまだ落ち着いていないでしょうし」
「落ち着いてない?」
どういうことかとルナリアに尋ねてみると、
「事後処理よ。変異体の死骸や被害者の死体とかをそのままにしておくわけにもいかないでしょ」
「あー、言われてみれば」
ルナリア曰く、管理局には変異体による襲撃が沈静化された後にガーディアンと入れ替わりで都市の清掃を行う部門があるとのこと。
ただ単に死体を片づけるだけではなく、不運にも命を落とした人たちの身元を確認して遺族や関係者へ連絡を取ったり、必要に応じて補償の交渉も行ったりするらしい。
特別な資格がなくても務まる上、仕事内容の過酷さから高給取りだが、長く続けていると非常に気が滅入るため都市内でも随一の不人気職であるという。
「必要な仕事なのは確かだから、あまり悪く言うのも憚られるんだけどね」
「実際、好き好んでやりたい人なんていないだろうなぁ」
心の底からそう思う。
今朝は死体だらけの道を割と平気で歩いていた俺だが、かと言ってそれを平気で片づけられるかと言われたら抵抗がある。
犠牲になった人には悪いんだけどさ。
「なら昼まで局内を回れるだけ回って、飯食ってから都市に出る感じか。午後には店も再開するだろうしな」
「いいと思います。わたしとノイちゃん先輩は工房にも用がありますし」
「異論はない」
「ハルチカもそれでいいか?」
「おう、よろしく頼む」
「そんじゃ、行きますかね!」
ラッドの提案に、一も二もなく賛成。
彼の先導の下、俺たちはラウンジから移動を開始した。
◇
「管理局の本棟は地上六〇〇メートルのドでかい塔だ。一階のエントランスから地上五〇階までが研究室の管轄で、そっから上はそれ以外の局員のオフィスがある」
「高所恐怖症にとっちゃ地獄だな」
「オレたちが本棟で基本的に用事あんのはラウンジがあった五〇階だな。あのフロアには作戦室もあって、いつも出動する前にはそこに集まって久道さんから指示を貰ってる」
「本来は室長の仕事なのにね。全く」
一階へと向かうエレベーターの中。
ゆっくりと近づいてくる地上の景色を眺めながら、ラッドたちから管理局本棟――俺が外から見たあの『塔』について簡単な解説を受けている。
管理局を案内すると言っても、本棟では今語られたラウンジのあるフロアくらいしか利用しないらしい。
何でも次元技術関連の研究は何が起きるか未知数なため、他の研究部門とは隔離されているそうだ。本棟から離れた位置に実験棟が存在し、そこに付属する形で技術局の工房があるとのこと。
「工房はフューリーさんが技術局長を兼任してて、次元兵器の開発や整備をするところなんです」
「あの人マジで何者なんだよ」
もうツッコむだけ野暮な気がするが、言わずにいられない。
この都市においてフューリーの権力がどこまで及んでいるか見当がつかないが、敵に回せば確実に詰むことはわかった。
「都市の外じゃ絶対に認可が下りない工作機とかも沢山あって、もう一日中居ても飽きません。むしろ住みたいくらいです」
「機械が好きなのか?」
「好きと言うか愛してます!」
「お、おう」
相変わらずテンション高めのフィーダ。
気のせいか、機械について語るときは一層目が輝いているように見える。
「フィーダは機械マニアだから、語らせると長いわよ」
「今後の行動に支障が出るため、早期の対処を推奨する」
どこか辟易したようなルナリアとノインの言葉にはとても実感が籠っている。
確かに、マニアは一度語りだすと止まらない。
俺の友人にも一つのコンテンツに並々ならぬ情熱を注いている奴がいたが、そいつのおかげで潰れた休み時間は数えきれず、無駄に増えた謎な知識も多い。
そして今のフィーダは、奴と同じ目をしている。
うん、止めねば。
「そ、その話はまた今度にするとして! 工房には何をしに行くんだ?」
「任務後は使用した装備のメンテナンスをしている」
更に話題を遠ざけるためか、ノインがフィーダに取って代わった。
「しかし今日はトモノエ・ハルチカを案内する任務があるため、整備は夜に回す。今はひとまず装備を置きに行くだけ」
「付き合わせて悪いな。何だったら二人の整備が終わるのを待つけど」
「問題ない。部隊内での日常的な意思疎通は大事。相互理解が不十分なチームほど戦場では脆い」
「ノイちゃん先輩の言う通りです。それに、わたしがメンテ終わるの待ってたら本当に一日潰れちゃいますよ?」
「……気になってたんだけどさ」
隣り合って立つ、背丈も体格も全く異なる二人。
二人の会話には共通して、矛盾している点があった。
「フィーダもノインも手ぶらじゃないのか? 装備らしい装備なんて見当たらないんだが」
俺から見て、二人はどうみても丸腰だ。
久道さんの場合は着替えてから来たらしいから不自然さは無かったのだが、二人に限ったことではなくラウンジで会ったガーディアンは全員、武器っぽいものなんて持っていなかった。
まさかあの化け物相手に素手での殴り合いなんて仕掛けているとは思えない。
現に俺はルナリアがぶっ放したというレーザーのシャワーを目撃してる。フィーダに至ってはミサイルとか言ってなかったか。
さっき久道さんが俺の荷物でやったみたいに転送してたのだとしたら、尚更工房へ装備を置きに行くという意味がわからない。
ただ、このことについて疑問に思っているのはやはり俺だけのようだ。
「そういや、ハルチカは次元技術について知識ゼロのペーペーなんだったか」
「し、失礼な。俺だって少しは知ってるぞ。次元軸説とか真次元理論とか……他にはそう、零次元圧縮とか!」
知識ゼロと言うのは聞き捨て難く、俺はフューリーから聞いた単語の中でそれっぽい奴を適当に並べてみた。
だが対するラッドはより胡散臭そうな顔をし、
「随分とニッチなワードが出てくる上に、零次元圧縮って言葉は知ってるのに≪タグ≫を知らないんじゃ知ったかぶりもいいとこだぞ」
「うっ」
俺の聞きかじった知識(うろ覚え)によるメッキは、いとも容易く剥がされたのだった。
下手な見栄なんて張るもんじゃないな。時には知らないことは知らないと言う勇気も必要である。
「まあ都市外の一般人なら身近じゃないのも事実でしょうし。ほら春近、これが≪タグストレージ≫よ」
「……へぇ、これが」
さっきのフィーダよろしく萎れる俺の目の前に、ルナリアがそれを掲げてくる。
六角形を細くしたような形状や大きさはUSBメモリーに似ているが、端子は存在しない。尻側には穴があり、紐を通してストラップのように保持できるようだ。
試しに持たせてもらってみるが、見た目通り全然重くない。
「で、これが装備とどう関係あるんだ?」
「説明するより見せた方が早いんだけど……あ、一階に着いたわね。続きは外に出てからにしましょうか」
エレベーターが停止し、音もなくドアがスライドする。
人が忙しなく行き交うエントランスホールを横切って正面玄関を抜け、俺たちは本棟から外へと出る。
太陽は朝と比べて随分と高くなっていて、表示したままの時計で確認すると現在時刻は一一時過ぎ。フューリーとの話は結構長かったようで、そろそろ昼飯時だ。
実験棟及び工房は本棟正面から歩いて一〇分くらいの場所にあるらしく、移動しながら俺はルナリアから話の続きを聞いていた。
「≪タグストレージ≫――長いから基本的には≪タグ≫って省略されることの方が多いんだけど、これにはさっき春近が言ってた零次元圧縮が利用されてるの」
「ほうほう。で、零次元圧縮って?」
もはや無知であることを隠さない俺は、物事を尋ねることに躊躇はしない。
「私も専門家じゃないから詳しい原理はわからないけど……≪タグ≫の機能に関してだけ言えば、対象となる物体から体積と質量を消してしまうの」
「ん?」
「えっと、つまり≪タグ≫本体には存在情報と質量や体積の数値データが保存されて、取り出すときにはその情報を元に復元するの」
「んん?」
「えっと、だから――」
「生物以外の物を、重量や大きさを無視して収納できる」
「なるほど」
流石ノイン先生、わかりやすい。
「ちょっとノイン、折角私が説明してたのに!」
「ルナはいつもまどろっこしい。説明は端的に行うべき」
「それじゃ必要な知識が身につかないでしょ!」
「使えれば問題ない」
「……なんか、子供の教育方針で揉めるお袋と親父みたいだな」
「お前、それ絶対あいつらに言うなよ」
小声で耳打ちしてくるラッドに、軽く忠告しておく。
古今東西、同年代の女子に「母親みたい」と言って無事で済んだ例を俺は見たことがなかった。