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次元都市アクシス  作者: 七夜
01 終わりと始まりの世界
13/104

幕間 科学者の独白

ご指摘いただいた細かい誤字などは適宜修正していきます。感想や意見などがあれば忌憚なくお聞かせください。

「場所は出てから三番目の部屋だよ」

「わかった。色々とありがとうな」

「気にすることはないさ。秀一君、後は頼んだ」

「ああ、任された」

「では晴近君、また明日会おう」

 部屋から出ていく二人の背中を、フューリーは笑顔のまま見送った。

 ドアが自動でスライドして閉まったのを確認してから、小さく息を着く。


 これから春近には、別室で洗浄を終えていた荷物や服を返却してから、都市常駐組のガーディアンたちと顔合わせをしてもらう予定だ。彼らは久道の指示で、ラウンジに待機しているらしい。

 春近の対外的な身分は、フューリーが外部から見繕ってきた新人である。

 次元兵器は強力だが、手にした誰しもが最強の兵隊になれるような万能さはない。使用者にもある程度の適性が要求され、その適性を持つ有望な人材をフューリーは時折スカウトしていた。

 仮初の身分でも信憑性は充分。これで少なくとも、ガーディアンで彼を転移者と疑う者はいないだろう。

 施設や都市の案内は年の近いラッドやルナリアたちに任せるようで、彼らに晴近を引き渡してようやく久道の今日の仕事は終わると言っていい。自分で押し付けておいて言うのもあれだが、変異体と戦ったり人間関係に気を使ったりと、実に忙しい人だ。

 流石に、ほんのちょっぴりだけ可哀そうだなだなと思った。

「お疲れ様、とでも言っておこうか」

 もうこの場にはいない相手に労いの言葉をかけながら、フューリーは背もたれに体重を預けて一人思考に耽る。


 ――友柄晴近、か。

 話せば話すほど、不思議な少年だった。

 実際、存在の特殊性としてならば並ぶものはいるまい。

 彼には話していないことだが、この世界で今まで確認されている転移者は晴近を除いてたった一人。ライト・シェーファーという前例以外に存在せず、後にも先にも彼が最初で最後の転移者だろうというのがフューリーの持論だった。

 そもそも世界移動の成功率自体が無に等しく、そこから無限に存在する平行世界の内、同様の技術を持つ世界からピンポイントでこの世界に転移してくる確率など、もはや計算するのすら馬鹿馬鹿しい。

 不可能と認めることは科学者としての敗北だが、それも致し方ないことだと思っていた。


 だが、現に友柄晴近はこの都市に現れた。

 市民として登録されていない、次元技術を欠片も知らない様子だった少年。

 変異体の出現とほぼ同時に(・・・・・)姿を確認された、他世界の人間。


 奇しくも――あるいは必然か。

 多少の差異はあれど、彼の陥った構図は今から丁度二〇年前。

 フューリーが初めてこの世の地獄という表現の意味を知ることとなった、あの日を想起させた。

「……偶然で片づけるには、出来過ぎているな」

 誰にでもなく独り言ちながら、フューリーは視界に一枚の映像を投影する。

 ガーディアンの正式名称である臨床技術試験員というのは何も名目上のものだけではなく、彼らの戦闘によって得られるデータはしっかりとフューリーの元へと届けられ、次なる技術の開発へと役立てられている。

 データの内の一つが映像記録であり、これは都市上空に高度を固定された複数の≪サードアイ≫から送られてくる。普段は定められたルーチンに従って巡回し、都市を監視している装置なのだが、変異体が現れた際にはその操作権がフューリーや、彼女以下のガーディアンへと移譲される。

 久道やノインなど、一部では文字通り「第三の目」として利用されているようだが、本来の用途は専ら映像の記録だ。とは言え十数機ある内の六つ程度しか戦闘の記録には使用しないので、残りは制御を放棄して適当に遊ばせている。


 だからこそ。

 A区を漂っていた、主戦場(ルナリアたち)から離れた一機がその光景を捉えていたのは偶然だった。

 今フューリーの前で再生されているのは、路地裏を通ってA区の三番ラインへと足を踏み入れた春近が、負傷者の少女に駆け寄るまさにその瞬間だ。

 これまた偶然にもその中継をリアルタイムで見ていた彼女は、晴近が目覚めるまでに何度も見返した映像をある部分で一時停止し、拡大する。

 注目したのは春近ではなく、倒れていた少女・シア。

 彼によって止血を施される前の傷口を見て、ただ一言。

「普通、死んでいるだろうこれは」

 専門の医師ではないと言った反面、フューリーが持つ医学関連の知識は下手をすれば市井の医者よりも深いものがある。細かい体調の変化や負傷の度合がデータに与える影響を考慮するために、必要だと思って修めたのだ。

 そんな彼女が冷静かつ的確に、殆ど肉眼で見るのと変わりない超解像度映像から診断した結果、シアの負傷はどう考えても〝致命傷〟だった。

「凶器は刃物か爪。辛うじて貫通は免れたか。奇跡的に内臓は避けられているが傷口そのものが大きい。やはり何度見ても出血が酷いな。彼女の身長や体重から鑑みて、このままでは一分と持たない……はずだったんだが」

 春近のあれは完全な勘違いだったが、設備さえ整っていれば確かにシアの負傷は治療可能だった。普通なら莫大な料金がかかるものの、ナノマシンを用いた手術は患者にかかる負担も最小限で、一時間とまではいかないが一日あれば失った臓器すら再生できる。

 だがそれを施せるのも、あくまで生きている患者だけである。

 映像の状態からどんなに急いで医療施設へ向かおうが、シアはもう既に手遅れだ。気力で持ちこたえる段階なんてとっくの昔に通り越している。

 当時も冷徹にそう判断し、フューリーは誰か手の空いたガーディアンに市民データの存在しない少年の保護だけを指示しようと待機していた。


 しかし映像のシーンから数分後。

 ノインらが久道へと報告した内容を聞き、狐につままれたような気分を味わった。

 曰く、彼らが春近と共に保護したのは〝軽傷〟の少女らしい。

 何かの間違いではないのかと思いはしたが、そんな感情の揺れ動きはおくびに出すこともなくフューリーはラッドに二人を連れてくるように命じた。そして実物を目にし、報告に間違いはなかったことを認めざる得なかった。

 傷は負っていたし出血もしていたが、素人の止血で充分に応急処置が間に合う傷であれば軽傷に違いない。出血によるショック症状も見られず、容体も安定していた。

 映像で見た少女と運び込まれた少女はどちらも通常市民のシア・フリーゼに他ならないのに、傷の深さが全く異なっていた。未練がましく何度も映像を見直しているが、やはりフューリーの見間違いではない。確かにあの少女は、死を避けえない重症だった。

 そして、何より信じ難いのは。

「傷が塞がったにしても、この治り方は異常だ。映像の後半になるにつれて血色が良くなっているし、治りかけの傷に至っては細胞分裂の痕跡すら見られなかった」

 フューリーの知る限り再生とは言えない現象だ。

 最初から傷がなかったかのように、元に戻っていくなど。

 それでは、まるで――

「やれやれ、転移者というのはどうしてこうなんだろうな」

 呆れ、諦観、哀れみ。そして、ほんの僅かばかりの希望。

 様々な感情の入り混じった、複雑な笑みが自然と浮かんだ。

 あの、人間として異常なまでに前向きな少年はきっとまだ気付いていない。

 自分が行った、この世界で――強いて言うのならばフューリーですら未だに解明出来ていない〝とある情報〟への干渉について、知る由もないだろう。

「戦場に放り込まれればすぐに気付くことだろうけどね。もう一つの方は、別として」


 フューリー・バレンタインは嘘を好まない。

 悪ふざけやからかう目的でつく嘘は大好きだが、真剣に教えを乞う者に対し間違った知識を授けることは科学者としての沽券に関わる。

 故に、彼女から春近へと伝えた情報は全てが真実だ。

 

 ただし。

 彼女が晴近に対し、意図的に伏せた情報が二つあった。

 一つは、彼が世界移動によって得たであろうもの。

 もう一つは、彼が世界移動によって失ったであろうもの。

 前者は言わずもがな。後者は、今のところはプラスに働いているだろう。

 だが、もしそれが彼を追い詰めることになるのであれば――

「……カウンセリングは私の柄ではないし、せいぜい秀一君や若者たちに任せるとしよう。私は、私にできることをするまでさ」

 適材適所。餅は餅屋だ。

 半ば言い訳に近いフレーズを口にしながら、フューリーは足元の床――正確にはそこから遥か下方にあるもの一瞥する。

 表情の変化は、刹那の間だった。

 久道にしか見せたことがない、悲しみと悔しさを堪えるような表情は一秒と経たず霧散する。

 顔を上げれば、そこにいるのはいつもの彼女だ。

「まあ、何にせよだ」


「ようこそ『アクシス』へ。私は君を歓迎しているよ、友柄晴近君」

 あくまでふてぶてしく笑い、フューリーは虚空に声を投げかける。

 返事をする者は、誰もいない。

結局、室長が喋り通して章が一つ終わった……

なるべく解説一辺倒にならないようにしたいですね

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