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次元都市アクシス  作者: 七夜
01 終わりと始まりの世界
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Chapter02-6

「随分とお悩みの様子の春近君に、私から二つの提案をしよう」

 あれでも駄目これでも駄目と唸り続けている俺を見かねてか、フューリーはそう切り出してきた。

 垂らされた蜘蛛の糸にしがみ付くが如く全力で振り返ると、今では天使の微笑にすら見えるニヤニヤ顔で指を一本立てて来た。

「まずは一つ目。研究室の職員としての雇用……と言うよりは実質私個人の助手だな。給料は普通市民よりも良いし、必要な知識は私が手ずから授けよう。授業料は無料だ」

「おお!」

 食いついた一方でどんなブラック案件が言い渡されるかと思っていたが、随分と気前のいい条件だ。今の詰みっぷりを考えたら渡りに船と言っていい。

 もはや二つ目を聞く必要なんて――

 

「ただし、管理局からは出られない」

「ファ!?」


「晴近君は都市の正式な市民として登録されていないから、どうせ都市に繰り出したところで何も出来ないよ。市民として登録しようにも、君の身元を保証する人間も品もこの世界には存在しないしね」

「そ、そこはフューリー室長の権力とかでどうにかなったりは?」

「これでも管理局での地位はそれなりに高いはずなのだが。研究以外の全てを他人に放り出してるからか、こういう時にあまり強く出られないのだよ。いやはや、世知辛い世の中だね」

「覚えておくといい友柄君。普段の行いが悪いとこうなる」

 口を挟んできた久道さんの言葉は、中々に含蓄があるものだった。

 態度とかから薄々感づいてはいたけど、どうやら久道さんもこの人に散々振り回されてきたタチらしい。

「まあそれ以外にも、君を目の届く範囲に留めておきたいという理由もある。転移者である晴近君の存在はなるべく他国に知られたくないのだよ」

「その心は?」

「さっきチラリと言ったが、転移者の扱いは非常にデリケートな問題だ。君の先輩であるライト教授は持ち込んだ技術によってこの世界の発展に貢献した訳だが、他世界の人間として生物的な価値も高かった」

「新種の生き物みたいなもんだよな、確かに」

「彼の場合は持っている知識に価値があったからこそ、こっちでも学者をやれたんだ。とても残念なことに、三を聞いて二を忘れるような君にはその方面で期待はできない。しかしサンプルとしての希少性で言えば、それこそ新種の生き物にも勝る」

「……もしバレたら、俺ってどうなっちゃいます?」

 もうだいぶ予想はついているのだが、確認の意味も込めて聞いた。

 でもほら、相手も同じ人間だし、ね?

 命に関わるようなことは流石に――

 

「市民ではない者を保護する制度はこの都市にないからね。見つかって連れ去られそうになっても手の出し様がないし、他国の腕の悪い科学者に弄ばれてしまえば良くて一生モルモット生活、悪くて解剖されて標本コース――」

「ギャー!?」

 途中から余りの恐ろしさに、耳を塞いでしまった。

 つーか想像を超えて悪かった!

 人道も減ったくれもねえ……おのれマッドサイエンティスト共め、てめえらの血は何色だー!


 俺が落ち着くのを待ってから、フューリーは話を再開した。

「君を管理局の外に出さないというのは、そうならないための処置さ。研究室は私に管理が一任された、一種の治外法権だ。私の管理下にいる限りは、安全で安定した生活を約束しよう。ちょっとした検査などはするが、君を傷つけることはまずない」

「……一応、二つ目の方を聞いてもいいか?」

 話を聞く限りでは、身の安全を考えた場合もう管理局の中で一生を過ごすことがほぼ確定っぽい。ただしそれには自由が伴わない。

 管理された生活は、果たして生きていると言えるのだろうか?

 それに最初からその方法しかないのならば、わざわざ「二つの提案」なんてしないはずだ。

 俺が待つ中、フューリーが二本目の指を立てる。

「もちろん。二つ目の提案だが、もしこちらを選択した場合、君はこの都市における身分が証明される。市民と同じように都市のサービスを享受することが出来るし、給料も管理局の職員と比べても高い。望むなら住む場所だって提供できるし、今なら豪華特典として私の授業を無料で受ける権利をあげよう」

「そのために、必要なことは?」

 フューリーが語ったそれは、一つ目の提案と比べても破格の条件だった。

 給料は良いし、住む場所もくれるし、おまけに勉強も見てもらえる。

 何より重要なのは、身分の保証――この世界における、自由だ。

 ただしここまで話を聞いた俺には、それが決して理想的な選択肢でないことがわかっていた。

 往々にして、自由とは責任を伴うものである。


「君がガーディアンとして、都市に雇われること」

 ――この場合、引き換えになるのは身の安全だ。


「ガーディアンというのは通称で、正式には臨床技術試験員……つまり結局のところ私の管轄下なのだが、その扱いは通常の研究員とは全く異なる。主な職務は研究室が開発した次元兵器の実地試験。即ち、変異体との戦闘だ」

 変異体。

 異形の怪物。

 都市の一画を地獄に変え、俺自身も殺そうとしたその存在は、未だ記憶に新しい。

「変異体は大体月に一度、どこからともなく世界中に現れては人のいる場所を目指して侵攻してくる。何のためかはもう見ただろうから言うまでもないね?」

 わかり切ったことの確認に、俺は静かに頷いた。

 つい一時間前に、身をもって体験したばかりだ。

「奴らの厄介な所は、外壁の内側にまで直接出現するということさ。時期が近づけば外出の自粛を訴えるが、市民にも自分の生活があるし、長期間引きこもる訳にはいかないものだっている」

「だから、都市を出歩いてる人が少なかったのか」

「そこまでしても、不定期なことに変わりはない。人的被害は一割以下とはいえ出てしまうし、運が悪いときは最初の出現から三日後なんてこともあった。あの時は安全な局内も阿鼻叫喚の騒ぎだったよ」

 今日のあれですら、取りうる限りの対策を取って臨んだ結果だったらしい。

 あれで最小限の被害と言うのなら、当時の惨劇は計り知れないものだ。

 どうしてこんな危険な場所に住む人間がいるのかと一瞬考えたが、フューリーが「世界中に現れる」と言ったことを思い出す。

 恐らく変異体の脅威は都市特有のものじゃない。どこにいようが、等しく襲い掛かる天災なのだ。

 ともすれば、少しでも安全な場所――ガーディアンに守護された都市に人が集まるのも自然なことなのだろう。

「それに直接現れる奴以外にも、外壁に接近してくる変異体の駆除もしなければならない。我々は市民が捧げた血税の分、実際に血を流して報いるという訳さ」

「なるほど、結果的に都市を防衛してるから『ガーディアン』と」

「単に戦力として部隊を編成してしまうとうるさい外野がいるのでね。あくまで技術試験の体を取って変異体に立ち向かっているというわけだ。普通に考えて侵略なんぞ欠片もメリットはないのだが、そこは大人の事情ってやつさ」

 大人の事情という言葉は、万国ならぬ万世界共通らしい。

 そういえば俺の世界でも自衛隊とか憲法何条だかについてデモしてる人たちがいて、変なチラシとか渡されたこともあったっけ。

 実際さっきのレーザーは凄かったし、あんな兵器を大量に所持する軍隊なんて存在したらそりゃ警戒するし、介入もするだろう。

「危険な義務を背負う分、ガーディアンのライセンスは普通市民よりも強力だよ。身分証明としても申し分ないし、ガーディアンだけが利用できる特権もある。何より、研究室の所属だから雇用も評議会を通さず私の独断で可能だ。役得だね」

 ただし、と。

 フューリーは笑顔を引っ込めて付け加える。

「この選択肢は君の安全を保証するものではない。他国からの干渉は避けられても、直接的な命の危険に曝され続けることになる。今でこそ減ってきてはいるが、殉職者もそれなりに発生する職業だ」

 語るフューリーの顔は、直前とは打って変わって真剣そのものだった。

 確かに、笑って話すような内容ではない。

 ある意味――いや、紛れもなく俺の今後の人生がかかった選択である。

「最終的な決定権は春近君にある。別にここで今すぐ答えを出せとは言わないし、何だったら日を改めるかね?」

「いや、もう決めた」


 自由を捨てて、確実な安定を取るか。

 命を懸けて、この世界を全力で生き抜くか。

 答えはもう、決まっている。

 

「ガーディアン、やってみるよ」

「それは、本気で言っているのかい?」

 ――撤回するなら今の内だぞ。

 俺を見るフューリーの目は、きっと最後通告だ。

 しかし俺の決定は変わらないし、今更撤回する気もない。

 確固たる意志を込めて、見返してやった。

「折角この世界で生きていくなら自由にやりたい。管理されて生かされていくよりは、自分の力で生きていきたいんだ」

「君は元の世界ではただの学生だったのだろう? 今朝は運良く生き延びたようだが、あんな幸運は何度も続かない。何より、あれを一度目の前にして、恐怖はないのかい?」

「……そうだな」

 実のところ、変異体に対する恐怖心は驚くほどなかった。

 恐ろしい存在であるということはわかっている。奴らは人を襲い、喰らう。現場を目撃してはいないが、その残骸は腐るほど見た。自分もああなるかもしれないと考えたら気分が悪くなる。悪くなるが、その程度だ。

 どうしてだろう。一度極限状態に置かれたことで、恐怖を感じる機能が麻痺してしまっているのだろうか。結局、素人の俺がいくら考えてみてもわからないことだ。


 でも、仮に一つだけ。

 明確にこれだと言える決断材料があったとするならば。

「久道さんにお礼を言われた時、正直どう反応していいかわからなかったんだ」

「む?」

 唐突に名前を呼ばれた久道さんが、眉根を上げてこちらを見て来た。

 さっきの恥ずかしい気持ちがぶり返してきたが、構わず続ける。

「正直言って、あの時どうしてあんな無茶が出来たのか今でもわからないし、最終的な治療も人任せになったから自分で助けたって実感も薄くてさ。なのにべた褒めされるもんだから、恥ずかしかったり困ったりで……」


「でも、やっぱり嬉しかったんだ」


 この世界に飛ばされて、最初に成したことを伝えられて。

 心の底から感謝されて。

 そんなの、嬉しくない訳がない。

 自分の行ったことに意味があったと認められて、喜ばないはずがなかった。

「何の理由もなくこの世界に来ちまった俺だけど、少なくとも来た意味はあったって思えたんだ。俺がこの世界に来たから一人の女の子が救われたって考えると、ちょっとだけ救われるんだ」

 或いはこれも、元の世界に帰れないという事実から目を逸らすための方便なのかもしれない。綺麗な言葉で飾って、辛い現実を押し隠そうとしているだけなのかもしれない。

 ――なんだ、久道さんと一緒じゃないか。

 それでも構わない。

 全てを失って、それでもたった一つ残った自分の命だ。

 これくらいは、俺の勝手に使っても文句はないだろう?

「俺は俺の意思で、元の世界に置いて来た人たちに胸を張れる生き方をしたい。そのためだったら変異体だろうが何だろうが、幾らでも相手してやる」

 真っすぐにフューリーの目を見て、俺はそう言い放った。


 言葉を真正面から受け止めた彼女は数秒間黙り込み、おもむろに手のひらを上に向けて。

「……左腕を出したまえ」

「え?」

「左腕だ。ほら、手首が上を向くように」

「えっ、こ、こう?」

 無表情なまま要求するフューリーの圧力に困惑しつつ、俺は言われるがままに左腕を前に差し出す。

 

 直後、俺は眼前の人物から確かに「ニヤリ」という擬音を聞いた。

 彼女の左手が閃き、認識するよりも早く俺の手首を掴む。

 目の前で豹変したフューリーが、いつの間にか白衣のポケットに突っ込んでいた右手を高速で引き抜き、

「ちょ――」


「えい」

 カチッ、プシュー。

「ホワァァァァァァアア――!?」


 流し込まれた!

 左手首から変なの流し込まれた!

 痛くも痒くもなかったけど血管の中を何かが流れていったー!?

「おいおい、男の子が無針注射器程度で泣くんじゃない」

「泣いてねえし! つーか何だよ今の! 俺に何をした!?」

「まあ落ち着きたまえよ」

「落ち着けるか!」

 俺の抗議を無視し、空になった水鉄砲みたいな注射器を片手で弄びながらフューリーは虚空に視線を走らせていた。

「ナノマシンによるチップ形成進捗八割、九割……完了。生体コード生成。室長権限によりガーディアン・ライセンス発行。ならびにライセンス情報を用いて友柄晴近の市民データを作成、登録」

「お、おぉ?」

 何やら物凄い勢いでブツブツと呟きながら目をキョロキョロ動かす絵は、中々に凄まじい。少なくとも、俺の追及は勢いを失った。

「≪リンカー≫とライセンス、並びに生体コードを紐づけ――完了。……これで良し。春近君、ちょっと瞬きしてみてくれ」

「え、こう――ってうわ!」

「その様子なら、滞りなく終わったようだね」

 フューリーの声は、既に届いていなかった。

 それほどまでに、瞬きした直後の世界は一変していた。

「左端に映ってるこれはデジタル時計で、反対側にあるのはメール、なのか? てか情報だらけで前が見えねえ! どうなってんだこれ!?」

「不必要な情報は意識すれば消せる。各アプリケーションの詳細は後で右下のメニューでも見てくれればいい」

「……本当に消えた」

 視界の半分以上を占拠していた地図っぽい何かとか、上の方で流れていたニュース的なもの等は「消えろ」と念じれば視界から消失した。ひとまず時計とスペースを取らないメールボックスっぽいものだけを残し、視界を確保する。

 突然の変化に興奮しっぱなしだが、原因はハッキリしていた。

「これって、さっきの注射のせい?」

「ガーディアン専用のナノマシンだよ。通常市民に投与されるものとは違って、形成されるブレインチップにガーディアン・ライセンスの情報が付加される。晴近君用の≪リンカー≫も登録したし、これで晴れてガーディアンの仲間入りだ」

「……って待て待て待て」

 この際、勝手に頭の中身を改造されてたっぽい話はスルーしてやる。

 一番聞き捨てならなかったのは、

「今ので終わり?」

「うむ」

「手続きとかそういうのは!?」

「今この場で終わらせたよ。なぁに、専用ナノマシンと私さえいればいつでもどこでも、手軽にガーディアンを造りだせるのさ」

「久道さん、これって越権行為にならないんですか!?」

 あまりにも横暴が過ぎると思って、一連の出来事を静観していた久道さんに意見を求める。

 しかし、彼もどこか諦観に近い面持ちでポツリと。

「科学者としてフューリーの存在は唯一無二だ。故に管理局内での権力も実質的な最高峰であり、正直に言うが彼女に意見できる人間なんぞこの組織にはいない」

「いやぁ、秀一君は嬉しいことを言ってくれるじゃないか」

 わざとらしく喜ぶフューリーを、久道さんはひたすら苦い顔で見ている。

 ふむ。つまりこの人を止められる人間なんて誰一人いなかったと。

 ほーん、ふーん。

 

「――って、それじゃあ俺の市民登録についてもどうにかなったんじゃないか? 別にガーディアンにならなくても」

「まあ、そうともいうな」

「悪びれることなく言い切りやがった!? 何が治外法権だ、無法地帯の間違いだろっ!」

「おっと、これは一本取られてしまったな。ハハハ!」

「おあとがよろしいようで!!」

 くそっ、何て女だ。

 専用ナノマシンなんて特殊な物を常日頃から持ち歩いているとも思えないし、幾らなんでも準備が良すぎる。

 どうせ≪リンカー≫とやらも――

「そしてこれが君の≪リンカー≫だ。ガーディアンには一人一機贈呈しているから、大切に扱ってくれたまえ」

「ほーらやっぱりあった! 最初からガーディアンやらせる気満々だったよこの人!」

 それは無針注射機が入っていたのとは逆のポケットから取り出された。

 一瞬腕時計のように見えたが、文字盤にあたる部分には青い結晶のようなものがはめ込まれている。ガラスのように透き通っているそれの下には、幾何学模様のように光のラインが刻まれた金属板。

 どこかで見覚えがあるかと思えば、確か都市の路面がこんな感じだった。

「最終的に君は自分でこの道を選んだのだから、まあ細かいことは気にするな」

「騙くらかした本人が言うことかよ……別にいいけどさ」

 文句を言いながらも、俺はフューリーから≪リンカー≫を受け取る。

 若干誘導された感が否めないとは言え、確かに最終的な決断は自分でしたし、選択に後悔もない。多分今から数分前に戻って同じ選択を迫られても、同じ道を選ぶだろう。

 受け取った≪リンカー≫を左手首に着けてみると、中々様になっているような気がした。気のせいか、着けたと同時にちょっとだけ光ったような。

「生体認証もクリア出来たようだな。これで正式に、お前はガーディアンとなった」

「久道さん……」

 こちらへ歩み寄ってきた久道さんの左手首にも、よく見ると俺のとは色違いの≪リンカー≫が装備されている。

 久道さんのは茶色と言うか、質感的には琥珀に近い色合いだった。

「友柄にはこれから同僚として、より一層市民のために尽力してもらう。これからは呼び捨てにするが、構わんな?」

「全然OKです!」

「それと最初に言っておくが、ガーディアンの間に上下関係はない。雇用主であるフューリーを除けば、全員が同じ地位にある」

 だから、と。

 久道さんはちょっとだけ逡巡してから、


「俺のことも呼び捨てにして構わんぞ?」

「それは流石に無理です」

「……そうか」

 大人しく引き下がる久道さんは、ちょっとだけ寂しそうな顔をしていた。

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