Chapter02-5
Chapter02-1にて、晴近が≪アブゾーバー≫について忘却している不具合を修正。
春近も筆者も鳥頭だからね。仕方ないね!
「では説明に戻ろう。もう気付いているだろうが、四次元以降は根本的に人間が本来いるべき三次元空間とは全く異なる理が働く。とは言え、高次元に晒されたからと言ってすぐに死ぬわけではない。上の次元へ行くにつれて、存在自体が歪んでいくのさ」
「歪むと、どうなるんだ?」
「どうもならない」
「は?」
「少々表現が悪かった。歪むというよりは、その次元に適応するんだ。四次元を通過する際には、四次元の生物として再定義される。以降も同様に、適応を繰り返しながら最終次元を通過し、こちらの世界の三次元空間へと吐き出されるわけだ」
「……話が見えてこないんだけど」
それが原因で大勢死人が出たという流れじゃなかったのか。
ちゃっかり適応しちゃってるんですが。
今の話を聞く限りでは、何か全員生き残りそうなんだが。
「では簡単な物理の話をしよう。位置エネルギーは知っているかな?」
「それくらいなら知ってる。一応高二なんで」
「高二? ああ、高等教育の二年目か。なら問題ないだろう」
一応、こっちの世界にも普通に高校とかはあるのか。
でもさっきは初等プログラムとか言ってたし、学校に通う形式ではなく通信教育的なものなのかもしれない。
「物体は高い位置にあればあるほど、大きな位置エネルギーを持つ。そしてこれは次元でも同じことが言え、私たちは次元における位置エネルギーに該当するものを、次元エネルギーと名付けた」
次元エネルギーという単語そのものは、最初の方にチラリと聞いた気がする。情報量を直接どうたらするとか、そんな感じだったかな。
まだあれから一時間すら経っていないというのに、随分と久しぶりに感じるのだから不思議だ。
「高い次元にある存在ほど、大きな次元エネルギーを持つ。では高所にある物体を落下させると、物体はどうなる?」
「ものにはよるけど、大抵壊れて……って、まさか」
「そのまさかだ。物体自身が持つ位置エネルギーによって物体が破壊されるのと同じように、最終次元から三次元へ急激に落とされた存在は、自らがもつ次元エネルギーに殺される。発生する現象は落下ほど生ぬるくはないが、死ぬことには変わりない。君が帰れないと断ずる、第二の理由がこれだ」
「なら、ライト教授はどうして生きていたんだ?」
「諸説あるが、もっとも有力なのは彼が発生した次元軸の歪みの中心にいたということだな。物質にも言えることだが、歪みというのは中心に行けば行くほど小さくなる。次元の影響力からして僅かにでも中心からずれれば死んでいただろうし、正しく奇跡の産物だ」
「そうか……なぁ、フューリー室長」
「何かね」
「俺は、どうしてここにいるんだ?」
フューリーは沈黙した。
流石に言葉が足りないと思い至り、加えて述べる。
「俺の世界じゃ、時空歪曲実験なんて大それたこと出来ないんだよ。技術的にも、多分法的にも」
もしそんな技術が開発されていたら今頃世間は大騒ぎになっているし、あったとしても一般市民が暮らす住宅地で許可なく使うなんてことは不可能だろう。。
だとすれば、こっちの世界から干渉されたと考えるのが自然だ。
「それに俺、ここに飛ばされる直前に変な叫び声を聞いて、しかも空を見たらガラスみたいに割れてたんだ。これって何か関係あるのか?」
どうして突然こんなことを聞こうと思ったかと言えば、彼女の言う奇跡という言葉が自分に当てはまるとは到底思えなかったからだ。
ライト教授は実験を主導する立場にいた。だからこそ自然として歪みの中心にいれたことも想像が付き、ある意味生き残ったのは必然だったのではないかという気すらしてくる。
対して、俺はどうだろう。
その辺を探せば履いて捨てるほどいる高校生。特別な技能はなく、強いて言うなら他人より少しだけ前向きなくらい。
もし俺がその時空歪曲とやらに巻き込まれたら、それこそ一〇億回死んだって生きたままゴールにたどり着くことは出来ないだろう。所詮、凡百の人間だ。
そんな俺が五体満足?
絶対に、何らかの意図が働いているに違いない。
というか元より、神とか奇跡とかはあんまり信じない質なのだ。
そして目下一番怪しいのが、あの叫びと亀裂である。
専門家のフューリーなら、何かしら心当たりがあるんじゃないかだろうか。
「叫びに、亀裂か」
そう誰にでもなく呟きフューリーはしばらく考えてから、
「まず、現行の技術でこちらから平行世界の人間を狙って連れ出すことは不可能だ」
ハッキリと、そう断じた。
「え、そうなのか?」
「勘違いしているようなら訂正しておくが、時空歪曲によって行えるのは元の世界から別の世界へ生物や物質を一方的に送ることだけだ。君が言わんとしているのは、それこそビルの屋上から手を伸ばして地上にいる人間を捕まえろと言っているようなものだぞ」
一瞬それが可能そうな海賊が頭に浮かんだが、奴は実在する人物ではない。
そういえばあくまで繋がるのは元の世界の最終次元と、対象となる世界の三次元だったっけ。なるほど、理にかなっている。
物は高い所から低い所へ勝手に落ちるが、その逆はあり得ないからな。
「時空歪曲技術自体も、危険性が高すぎるから国際的に禁止されている。それ以前にだ。私は最初に平行世界を観測し、干渉する術はないと言ったはずだが?」
「え、でもさっき出来るって――」
「それも二つ目の理由を説明するための前提条件だと言っただろうに」
「あー……」
やっべー。
ナチュラルに忘れてたわー。
そういえば一つ目の理由がまさにそれでしたわー。
「春近君はあれだな。三を聞いて二を忘れるタイプと見た」
「うぐぐ、割と的を射ているだけに何も言い返せない……!」
「まあ出来の悪い生徒というのもそれはそれで教え甲斐があるものさ。私は気にしていないよ」
はい、俺はたった今フューリー先生に出来の悪い生徒認定されました。
あー、時間巻き戻らねえかなぁ。
「それで君が聞いて、見たという叫びと亀裂についてだが」
「そ、そうだ! そっちについては何かわかります?」
「さっぱりわからない」
「え」
何かどっかで聞いたようなセリフだ。
もしかしてこの後、「実に面白い」とか言って床や壁に方程式とか書きまくる展開なのか。
壮大なBGMが脳内に流れ始めるが、今はそんなことをしている場合ではない。
「えーっと、わからないっていうのは?」
「そのまんまの意味だよ。私はこれでも次元技術に関しては最先端を自称できるし、件の時空歪曲についてもライト教授が存命している間に吸収できる限りの知識は吸収したという自負がある」
「……お亡くなりになってたのか」
「もう随分と前の話さ。そしてそんな私ですら、晴近君が話してくれたことに該当する現象を特定することができなかった。これがどういう意味かわかるかな?」
えーっと、うーんと。
……うん。
「手詰まり!」
「その通り!」
「何だそりゃぁ!?」
「完全な推論になるけど、既存の技術では説明できない全く新しい現象に巻き込まれたとしか言いようがないね。もしかしたら、転移者とカテゴライズすること自体が間違っている可能性もある」
「ぐぬぬ……」
腑に落ちないが、フューリーが嘘をついているとは思えない。
しかしそうだとすれば、俺ってばとんでもなく不幸なんじゃないだろうか。
ちくしょう、こんなことになるなら異世界に飛ばされる前に彼女の一人でも作っておけばよかった……ん、待てよ。
別に彼女ならこっちの世界で作ればいいじゃん。別に死んだわけでもあるまいし、俺もまだ一七歳。充分に可能性はあるんじゃないでしょうか。
むしろ下手に元の世界で彼女とか作ってたら余計に悲しませることになってたろうな。良かった、俺のために悲しむ女の子はいなかったんだね。
ああでも悲しむといったら親とか友達がいるか。でもこれに関してはマジでこっちからじゃどうしようもない。所詮一世代前のスマホでは、次元の壁なんて越えられないのだ。
俺も前を向いて生きるから、父さんと母さんにも強く生きてもらいたい。
つまり、俺が今から考えなければいけないのは――
「君が返れない理由についてはこれで以上だ。ここからは、春近君の今後の処遇について話させてもらおう」
「おぉ、俺も丁度それについて聞きたかったんだ」
フューリーが出した話題は、実にタイムリーだった。
この人、実は本当に俺の心読んでるんじゃないか?
「とは言ったものの、転移者というのはこの世界にとってかなりのイレギュラーでね。特に春近君の場合は特殊なケースであることも考えて、非常に扱いが難しい」
「それはまあ、何となくわかる気がする」
これが漫画やゲームの場合は何らかの目的が設定されている訳だが、俺にそんなものはない。異世界に放り出されるだけ放り出されて、後はご勝手に状態だ。
よって当面の目標は、取りあえずこの世界で生活していくことになる。
しかし俺には生きていくのに必要な金がない。
財布の中身は小銭を除けば、英世さん五人に虎の子の樋口様が一人。全員の力を合わせてようやく諭吉神に至るといったところ。でもこの世界で通貨として使えなきゃケツを拭く紙にすらなりゃしない。
やっぱり就職するしかないか?
だが今の俺は、身元不明の高校中退おまけに常識知らずという数え役満だ。
……こんなプロフィールの男を雇ってくれる会社なんてありますかね?
教育を受けるにしたって金がいるし、金を稼ぐために金が必要という良くわからないが絶望的なことだけは伝わる状況。
あかん、いきなり人生ハードモードや!