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次元都市アクシス  作者: 七夜
04 運命の交叉路
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Chapter03-4

モチベが持ち直しつつあるので初投稿です(欺瞞)労働はクソです(真実)

 ラッドがそれを目撃したのは、都市上空に浮かぶ≪サードアイ≫の最後の一機を破壊したタイミングだった。

「これで最後――うぉお!?」

 細く天を突くような火柱。視界の端で突如として生じたそれに、≪サードアイ≫全機の破壊をやり遂げた余韻も消し飛ぶ。

 規模では若干劣るが、似たようなものを見た記憶がある。晴近が来てから初めて行われた防衛戦で初っ端から変異体の群れを蹂躙して見せた、ごく狭い範囲で猛威を振るう爆撃。

 地獄のような様相とは裏腹に熱や衝撃が微塵も伝わってこない強烈な違和感は、他に勘違いのしようもない。

「フィーダの反応弾頭だ……」

 いくら狭い範囲に威力を集中するとはいえ、防衛戦――街中で使えたものではないと常々彼女は言っていた。

 それを切らざるを得ないほど、切羽詰まった状況ということなのか。

≪サードアイ≫を壊し切った後は、エリカに頼まれていた通り瑞葉たちの下へと向かうつもりだった。しかし飛び回ってる最中も寒波の中央付近は不気味な程に静かで、高度的にも地上の様子を把握できなかった。瑞葉たちがエリカの救援に迎える状況かもわからない。

 フィーダの方はどうだろうか。彼女がどれほどの化け物を相手にしているかは知らないが、あの一撃で倒せていないということは考えづらい。

 もし戦闘が終わっているのであれば、フィーダの負傷状況にもよるが協力を仰げるのではないか。それに今の位置からして、B地区よりも倉庫の方が近い。

 どれだけ迷おうと、所詮この身は一つきり。

 脳裏を駆け巡っては消えていく。守るべき、救うべき仲間たちの顔が。

 しかしどうあっても、たった一人の笑顔が消えてゆかずに残り続けている。

「……畜生」

 ラッドは決断した。

 そこに私情はあれど、元より悩んでいる時間はなかった。

「瑞葉さんとミハイルさんなら……大丈夫だ。あの二人なら、きっと」

 半ば言い聞かせるように呟き、ラッドは今しがた見えた火柱の方へと舵を切る。

 爆心地に近づくにつれ徐々に高度を落としていると、効果時間が切れたのか勢いを失った火柱がスッと消えていく。余韻程度に残った熱で温くなった風を受けつつ、地上の景色がハッキリと目に映る。

 

 その光景が目に映る。

 片腕を半ばまで失い、それでも毅然と銃を構えるフィーダと。

 煮えたぎる床を平然と踏みしめ、彼女へと迫る男の姿が。


「――ッ!!」

 急転直下。

 思考を挟む余地すらなく、気づけば≪グラビティボード≫の許す最高速度で真下へと。強烈なGで体が押しつぶされそうになろうと、構わず落ちていく。


 フィーダの持つ拳銃が至近距離で火を噴いた。しかし男は倒れない。


 速度がまるで足りない。直感的に確信し≪アクセラレーター≫を起動する。前に晴近と共に行ったような、細かな制御をかなぐり捨てた加速。


 しばらく立ち尽くしていたフィーダが銃を捨て、代わりにキーリングを取り出す。


 音速などとうに超え、呼吸もままならない。視野が急激に狭まる中、目だけは決して閉じることなく。ただひたすらに、彼女の下へ。

 

 フィーダが笑った。血の気は失せボロボロになりながらも、諦めていなかった。

 

 ――間に合え。

 

 その立ち振る舞いに男は感服したのか、僅かに動きを止めた。

 

 ――間に合え間に合え間に合え!

 

 瞬きほどの間もなく、フィーダと男との間合いがゼロになる。硬く握りしめられた拳が今まさに振りぬかんとされていた。


 ――間に合わない。

 勘がそう告げた。このまま落ち続けても、奴の拳がフィーダを貫く方が早いと。

 届かないとわかってなお、ラッドは手を伸ばす。

 

 伸ばしたその手には、あの時フィーダに使い方を教わった自動拳銃が握られていた。


「フィィィィィィィダァァァァァァァァァァアアアアア!!」


 男へ向けた銃の引き金を連続で引いた。急速落下によって身体の自由を奪われていたことが逆に強力な制動となり、更には落下速度の加わった弾丸は本来の弾速を遥かに超え。

 無数の奇跡が重なり合い、致命的な威力を秘めた三発全てがクラウスへと殺到した。

「ぬぅ!?」

 反応弾頭すら耐え抜いたクラウスの防御を突破することはかなわない。しかし完全な視界の外からの強襲に加え、それがそこそこの威力だったことに彼の動きが刹那鈍る。

 十分すぎる隙だった。

 フィーダと男の間に、ラッドが割り込むには。

「ラ、ラッド先ぱ――!?」

 驚いたような表情のフィーダを空いている方の手で思い切り突き飛ばす。ラッドに出来る精一杯の抵抗だった。

 己の身の安全など、元より勘定に入っていなかった。

 ここまで速度が乗った≪グラビティボード≫を止める術はない。一応安全装置はついているが、どこまで仕事をしたものか。

 仮にそちらが十分な仕事をしたとしても。

 こちらへ向かってくる拳を避ける術など――

「……あぁ」

 ラッドは苦笑した。

 気持ちぐらい、ちゃんと伝えとけば良かったなと。

 微かに抱いた後悔の念は、直後に見舞われた衝撃で意識諸共掻き消えた。



「ぅ、あ……あれ?」

 景色が転がるのを止め、狂った三半規管が落ち着いてきた段階でようやくフィーダは自分がまだ生きていることに気づいた。

 あの拳は致命的な威力を持っていたはずなのに、ほぼダメージを食らっていない。精々軽い打ち身を負い、少しばかり目を回したくらい。

 手加減した? あれほどの殺意をばら撒いておきながら?

 ……いや違う。そもそも自分はあれを食らってなどいない。

 一瞬の出来事かつ極限状態の中で記憶は混濁しているが、断片的に思い出していく。

 突如空から響いた声と銃声。視界を塞いだ影。突き飛ばすような衝撃に……何かが破裂するような音。

 あの時聞こえたのは誰の声だ。わたしを逃がしてくれたのは?

「ラッド、先輩……」

 重い身をもたげ、彼の姿を探す。何故か追撃が来ないことに疑問を抱く余裕もなく、この場にいるはずの人物の姿を求める。

 今際の際に見た幻覚であるはずがない。そうでなければ、今こうして自分が生きている理由がわからない。

「どこ、ラッド先輩」

 クラウスの傍にはいなかった。彼は拳を握ったまま、何かに耐えるように目を瞑っていた。足元にはバラバラになった機械の部品が散乱している。外装らしきパーツの破片から、辛うじて見慣れた≪グラビティボード≫の成れの果てだとわかった。

 しかし肝心の乗り手がどこにもいない。

 他にあるのは、精々。

 床一面を染め上げる血飛沫くらいか。

「――え」

 あまりにも間の抜けた声を漏らしたのが自分だということに、フィーダはしばらく気づけずにいた。

 フィーダは思い出す。

 あの時に聞こえたのは、何だったか。

 彼の声が聞こえて、銃声が聞こえて。

 突き飛ばされた直後に聞こえたのは、どんな音だったか。

 水の詰まった風船を叩きつけた時のような、そんな音じゃなかったか。

「嘘」

 そんな訳がない。あっていいはずがない。

 考えかけた可能性を否定する材料を探そうとして、気づく。

 クラウスの足元から血の跡が帯状に伸びている。まるでそこを何かが転がっていったかのように。

 あの先に答えがあるとでも言うのか。

 急激に息が苦しくなっていく。あれだけ動きを止めたがっていた心臓が今になってうるさいくらいに鼓動を速めている。

 見たくない。認めたくない。

 感情とは裏腹に、体は現実を確かめるべく血の跡を目で追っていく。

 すぐ隣だった。今まで視界に入っていなかったのが不思議なほどに近くだった。

 探し求めていた人物が壁に半ばもたれかかるように倒れていた。

 望んでいた形をしているかは別として、そこにあった。


 全身を血で染めたラッドの身体は右肩から先がまるごと無くなっていた。 

 荒々しく引き千切られたような断面は、まるで花が咲いているようだった。


「――――ぃ」

 そして変わり果てた彼の姿を目にした瞬間。

 死の淵に立ってなお折れずにフィーダを支えていた精神の柱が、微塵に砕け散った。

「嫌ぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああ!!」

 タガが外れた叫び声をあげながらラッドに駆け寄る。抱き起した身体がおぞましいほどに軽い。今なお流れ出続ける血を止めようと、彼の身体を全力で抱き寄せ、大きすぎる傷口に全身を押し付ける。

 信じられないことにラッドはまだ生きていた。

 先の落下事故を受けてフューリーの改修を受けた≪グラビティボード≫の安全装置が、落下の勢いをほぼ完全に殺していたこと。落下方向のベクトルが打撃のエネルギーを分散させたこと。何よりクラウス自身の動揺により、全力から僅かに威力が落ちたこと。

 フィーダの救助が間に合った時と同様、無数の奇跡が重なりラッドは命を繋いでいた。

 ただしその繋がりはあまりにか細く、切れるのは時間の問題だった。

「起きて、先輩。目を開けて……死んじゃだめ……!」

 呼びかけに意味などない。既に意識を保てる段階ではなく、辛うじて生きているだけの状態。

 理性ではわかっていてもそうせずにはいられぬほど、フィーダの心は追い込まれていた。

「不覚だ」

 足音。

 ラッドが残した血の跡を踏み鳴らしながら近づいてくる。

 時間切れよりも確実な死が。

「奇襲を受けたとは言え仕損じるとは……我輩もいよいよ衰えたか」

 戦闘中に見せていた高揚は鳴りを潜めている。

 クラウスからすればもう戦闘は終わっているのだろう。

 ここから先はただの作業だ。死にぞこないと死にかけにとどめを刺すだけの。

「退け」

「……ッ!」

 手負いの獣じみた目で睨み返すフィーダに対し、クラウスの表情は冷め切っていた。細められた目には、憐憫の色すら浮かんでいる。

「そ奴はもう助からん。早々に息の根を止めてやるのが戦士としての情けだろう」

「先輩は死んでない! まだ、生きてる……!」

「その程度の止血に意味があると思っているのか? 既に死相も見えているぞ」

 淡々と告げられる事実にフィーダは応えない。より一層、ラッドを強く抱きしめるだけ。

 絶対に離れるつもりはない。

 この先、何が起ころうとも。

「……いいだろう」

 しばし黙した後、クラウスが構えを取った。非合理を前にして下らないと笑うこともなく、粛々と。

 握られた拳を中心とし、音もなく膨大な力が収束していくのを感じる。空気が揺らぎ、周囲の景色が歪んで見えるような錯覚を起こすほどのエネルギーが、彼の手中で渦巻いている。

 先ほどフィーダを殺しかけ、ラッドの半身を奪った一撃とも引けを取らない。

 二人をまとめて叩き潰すには過剰なほどの、全力。

「死して一つとなるがいい。愛深き戦士たちよ」

 拳が振るわれる。

 死が眼前へと迫っても、フィーダがラッドの身を離すことは決してなかった。

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