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次元都市アクシス  作者: 七夜
04 運命の交叉路
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Chapter03-3

「クハハハハハハァ――ッ!!」

 足元に散らばった貨物や瓦礫を物ともせず、起き上がりかけているフィーダとの距離を一直線に詰めるクラウス。今この瞬間は自分に課せられた役割など脳内から吹き飛び、期せずして得られた極上の敵をどう仕留めるかだけが思考を支配していた。

 選択肢は二つ。

 ≪フライシュッツ≫の有効射程に入った時点で射殺。これが最も確実かつ安全だろう。相手に身を守るための盾はなく、再展開させるほどクラウスはお人好しじゃない。サービスするのは最初だけだ。

 それとも、このまま接近して格闘で決着をつけるか。強敵を自らの手で叩き潰す快感は何事にも代えがたい。しかし接近には相応のリスクが生じる。先は不意を突く形だったが、同じ手が二度も通じる相手とも思えない。

 よって深く考えることもなく即決した。

 フィーダが何かアクションを起こそうとしたらその場で撃つ。対応する動きが見えなければそのまま近づいて終わりにする。

「さぁ、どう出る」

 ≪フライシュッツ≫の照準は既に両方ともフィーダへ定められている。既に有効射程内だ。引き金を引けば、たちまち真っ赤な花が咲くことだろう。

 しかしクラウスは待つ。

 相手が仕掛けてくるその瞬間を。或いは動かないまま拳の届く間合いに達する時を。

「どう足掻いて見せる!?」


連結開(リンク・オ)――」

 ――動いた。

 そう認識した時には既に、≪フライシュッツ≫の引き金を引き終えていた。

 懐から何かを取り出そうとしたフィーダの頭部と心臓を同時に撃ち抜く。盾として使用できるアームは一本のみ。面積や角度を考慮すればどちらか一方しか防げず、いずれも急所である。

 つまりは詰み。

 フィーダが助かる術はない。

 機械が砕ける音と肉が弾け飛ぶ音が耳朶を打ち、クラウスは勝利を確信した。


「――――ぅ」

 飛び散る鮮血の向こう側から。

「ぅぅぅうううあああああああああああ!!」

 手負いの獣のような叫び声が聞こえてくるまでは。


「何ぃ!?」

 仕留め損ねた。

 予想外過ぎる事実に、初めてクラウスの動きが止まる。

 目を見開いたその先で、フィーダはまだ生きていた。

 決して無事な姿ではない。最後のマニピュレータは半ばから千切れ、彼女自身の左腕も肘から先が丸ごと無くなっていた。砕けた関節が露出した痛々しい断面からは止め止めなく血が流れ落ち、止血しなければ長くはもたないだろう。

 あの傷こそが、フィーダが生存した理由であった。

 唯一あの場で即座に用意できる盾。目一杯伸ばした腕の先で≪フライシュッツ≫の一撃を受け止めたならば。

 果たしてそのような、多大な痛みと喪失を伴う合理的な判断を、即座に下せる人間がいるだろうか。

「何という――!?」

 感動と驚愕の入り混じった呟きを漏らしたのも束の間、フィーダが残った右腕で何かを放った。恐らく≪アクセラレーター≫によって加速された球状の物体は、不安定な姿勢からながら凄まじい勢いでクラウス目掛けて飛来してい来る。

 距離はあった。躱すのも容易かった。

 だが長時間の逃亡によって積み重なった確かな疲労。何より想定外の手段で生き延びたフィーダへの賞賛と興奮が、判断力を鈍らせた。

 眼前まで来た球をクラウスはろくに確かめもせず、左手で打ち払おうとした。なるべく小さな動きで捌き、フィーダの次の行動へ備えるつもりだった。

「ぬをぉ!?」

 左手が球を捉える寸前、自ら二つに割れた球の内側から大量のワイヤーが飛び出した。肉眼では視認も厳しい細さのワイヤーは即座に広がり、クラウスの腕や体に巻きつく。

 まともに食らったのは失態だが、この程度の拘束ならば大した枷にならない。クラウスは構うことなくフィーダへ銃口を向けようとする。

 しかし、それは叶わない。

「う、動かん! 馬鹿な!?」

 身体を動かそうとすれば、それ以上の力で抑えつけられる。全身に絡みついたワイヤーが見かけからは想像もつかないパワーでクラウスを戒める。腕どころか、固定されていない足すら一歩も動かせなかった。

 まるで肉体が空間そのものに固定されているかのように。

「連結、開始」

 あまりにも決定的な隙が、次の行動を許してしまう。

 新たに出現したのは個人携行型のロケットランチャー。見た目そのものはクラウスが元いた世界に存在していたものと大差ないが、その先端に据えられた漆黒の弾頭を目にした途端、全身の細胞が粟立つのを感じた。

 根拠はなく、直感だけが吼えている。

 あれは死だ。クラウス・イェーガーはおろか、遍く存在をこの世から滅する破壊の具現。

 逃れなければ――本能は警鐘を鳴らし続けるが、抜け出せない。ワイヤー自体の強度も尋常ではなく、力尽くで千切ることも不可能。

「奪わせは、しない……」

 もがくことすら封じられたクラウスの目の前で、フィーダはふらつきながらもロケットランチャーを構えた。

 失血と痛みで酷く青褪めてはいるが、決して衰えない刃の如き眼光がクラウスを射抜く。

 うわ言のような声は次第にハッキリと、強い意志が込められていき。

「みんなの、明日……みんなが普通に、笑って暮らせる未来を……だから……!」


「ぶっ飛べぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえええええええええ!!」


 射出された。

 紡錘形の弾頭が大量の推進ガスの尾を引きながら、真っすぐに向かってくる。

 死がすぐそこまで迫ってきている。

「ぬ、ぐっぉおお……!」

 全身全霊で振り解こうにも、頑として拘束は解けることなく。

 紡錘形の弾頭が無防備晒された胸へと衝突した瞬間。

「ぬぅぅぅぅぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおお――――!?」

 クラウスの全身を光と熱が飲み込んだ。



 始めに投げつけたのは、≪コーディネートアンカー≫付きの単分子ワイヤーがぎっしり詰まった特製のグレネード。動くものを探知して中身をばら撒き、巻きつくと同時にアンカーを固定して身動きを封じるための道具だ。

 とどめに放ったのが、虎の子である超指向性反応弾頭。

 爆発によって生じる熱や衝撃をごく狭い範囲に集束させることで、狭所での取り回しや単体標的に対する破壊力の向上を目指した戦術兵器である。

 今回フィーダが使用した弾頭は、全威力を直径三メートルの円柱範囲内に収束する。時に再生力の高い変異体が現れることもあるため、それに対する切り札として用意したものだった。言うまでもないが、一人の人間に対して使うのは完全に火力過多。

 それでも切るべきだと判断した。

 今のフィーダが都市内で使える武器の中では最大威力だ。手加減なんてしてる余裕があるわけなく、火力過多上等で確実に殺し切るしかなかった。

 爆炎が未だ消えずにいるため、中でクラウスがどうなっているかはわからない。

 そして彼の生死が確定する前に、このままでは自分が死ぬ。このレベルの負傷で痛みすら感じていない状態はまずい。

「はぁ、はぁ……止血、しないと」

 既に朦朧としている意識の中、フィーダは辛うじて応急処置用の無針注射器をポケットから取り出す。出血を止め造血を促すナノマシンが入っており、瀕死の状態からはある程度持ち直せるはずだ。

 首筋から投与してすぐに効果が表れた。出血の勢いが急激に弱まり、逆にぼやけていた思考はクリアになっていく。鎮痛効果もあるのか、意識レベルが正常に戻りつつあっても強い痛みは感じない。

 ただし高性能なナノマシンと言えど、あくまで応急処置用。失った前腕が新しく生えてくることはなく、左の手指の感覚は完全に消失している。都市の医療技術なら治せるとわかっているが、中々精神的に堪える喪失感だった。

「色々落ち着いたら、さっさと治してもらいましょうかね……それともハルさんに頼んだ方が早いかな」

 精神的な不安から口数が増えつつも、フィーダの視線は火柱から一切外れなかった。そろそろ反応弾頭の効力も切れる頃合いだ。

 個人携行型とは比にならないレベルの≪アブゾーバー≫で保護されている床すら、爆心地から伝達してきた熱だけで赤熱し始めている。輻射熱のせいか先ほどまで感じていたうすら寒さも消え失せた。ちょっとこれの修繕費を要求されたら別の意味で死ねそうとか脳裏にちらつくが、ともかく。

 あれに呑まれて生きていられる生物など、この世界には存在しない。

 なのに、どうしてこんなにも安心できないのか。

 程なくして、激しく立ち昇っていた爆炎が空気へ溶けるように消えていく。

 直接爆炎を受け止めた床は白熱を通り越して沸騰し、弾けるたびに火花が飛び散る地獄のような有様。消し炭になったのか、中心にいたはずのクラウスは彼を戒めていたワイヤー諸共姿を消している。死体が残らないということに考えが至らず多少動揺したものの、抜け出した瞬間は目撃していない。

「……終わった?」

 あれだけの化け物にしては、どうにも呆気なく感じてしまう幕引き。だが実際、あれをまともに食らって生存できる可能性はないだろう。

 乾坤一擲の一撃が届いた。そう納得するしかない。

 長いこと張り詰めていた精神が緩み、フィーダは大きく息を吐こうとして――


「見事だ」


 ――声は、頭上から降ってきた。

 吐き出しかけた息が詰まる。落ち着きかけていた心臓が跳ね上がり、全身から嫌な汗が噴き出すのを感じる。

「迷いなく片腕を捨てる覚悟。確実に我輩を滅殺せんとする戦術。素晴らしい……嗚呼、素晴らしい!」

 軋んだ動きで見上げた先には、感極まったようにフィーダを讃えるクラウスの姿。肉体はおろかコートにすら元からついていた焦げ跡以上の損傷は微塵もなく、ゆっくりと地上へと降りていく様子は明らかに重力を無視している。

 沸騰した床に降り立つ瞬間すら、彼のブーツからは煙一つ立たなかった。まるで普通の路上を歩いているかの如く、平然とフィーダへ向かって歩き始める始末。

「うそ、でしょ」

「嘘などではない。我輩は心の底より貴様を賞賛しているのだぞ、フィーダ・レティエよ!」

 違う。そう意味で言ったんじゃない。

 心の中では思いつつも口が動かないのをいいことに、クラウスは好き勝手に話し続ける。

「確かにあの瞬間、クラウス・イェーガーは殺された! 帝国が科学の粋を結集し生み出した最強の人間兵器『イェーガー』が、たった一人の人間にだ!」

 恐らくそれは、クラウスにとって心底驚嘆せしめる偉業だったのだろう。

 拳を強く握りしめて熱弁する気勢と眼光の凄まじさに、いよいよフィーダは言葉を挟めなくなる。

「腑抜けていたとはいえ、あの久道秀一すら為し得なかったことだ……誇るがいい。貴様は我輩との殺し合いに勝利した。故に――開帳しよう」


「これが〝転移者クラウス・イェーガー〟として得た力だ」


 宣言と共に、クラウスが横合いへと手をかざした。

 すると数メートル先にあったコンテナが、音もなく浮き上がる。風船のように空中を揺蕩いながら、それは段々とクラウスへ近づいていき。

「ふん!!」

 殆ど触れるような距離に達したと同時に彼がかざしていた手を握り締めた瞬間、ぐしゃりと押し潰されてしまった。よほどの衝撃には耐える合金製のコンテナが、紙屑のように。

「サイコ、キネシス?」

「おぉ、こちらの世界でも通じるのだな! 超能力なんぞどれもこれも解明されているもんだとばかり思っていたわい」

 つい漏れたかすれた声を、耳ざとく拾ったクラウスが喜色に顔を染める。

 いくら科学が発展していようと、人は説明のつかない神秘や怪異に魅力を感じ、それは時に創作として世に出回る。手を触れずして離れたものを動かす力――念力を始めとした超能力はアニメやゲームの題材としてメジャーな部類だろう。

 たった今クラウスが披露したそれは、もはや物を動かすなんて範疇ではないが。

「我輩のは少々難儀でな。ほぼゼロ距離でなければ最大のパフォーマンスを発揮できず、少しでも離れればたちまち出力が落ち込む」

 圧縮されたコンテナがクラウスから離れていくと、ある地点で急激に動きが不安定になり、やがて落下し動かなくなった。元からあった位置とそう変わらず、大体五メートル程か。遠距離攻撃の手段としては、確かに射程が短いかもしれない。

 しかしそれは、逆に言えば。

「だが最大出力自体は中々のものだぞ。何せ、先の戦術核じみた一撃すらも完全に遮断せしめたのだからなぁ。鎧としては一級品よ」

 成程、単純な話だ。

 彼が傷一つなく反応弾頭の爆炎から生き延びたのは、そこから生じる熱も衝撃も自前のサイコキネシスで押し返してしまったから。

 ただ、それだけの話。

 物質の運動に留まらず、エネルギーの流れすら捻じ曲げ、押し潰し、蹂躙する。ミクロとマクロの動き全てを支配する。

 万象に干渉しうる、純然たる〝力〟の発露。それがクラウス・イェーガーの異能。

 今なら理解できる。

 先ほどフィーダの意識外から放たれた≪フライシュッツ≫の射撃は、彼が宙に放った銃を能力で遠隔操作していたのだ。

 同時に絶望する。

 クラウスが能力を行使したのは、恐らくあの時の一回のみ。一連の発言を鑑みれば、それ以外は純然たる身体能力で圧倒されていた。

 最初から本気ではなかったのだ。フィーダが今この時まで生き残れていたのは、彼の気まぐれ以外の何物でもなかった。

 もはや、笑うしかない。

「ははは……ずる過ぎるでしょ、それは」

「であろうな。ある意味、不意打ちで一度使った時点で我輩の負けは必定であったのかもしれぬ。互いの全存在を賭けた殺し合いに用いるには、過ぎたる無粋な力よ……だが」

 止めていた歩を再び進めながら、クラウスはスッと笑みを消す。

「これでも拾われた身故な……ここで敗北による死を受け入れるのは奴への義理が立たぬ。せめてもの手向けとして、我が全霊の一撃をもって苦しみなく逝くがいい」

「はぁ。それは……どうもっ」

 礼を述べながら、フィーダは腰に差していた銃をほぼノーモーションで抜き放った。改造されたハンドガンはワントリガーでマガジンの中身を全てクラウスへと吐き出す。

 全弾が彼へと着弾し、悉く潰れて地へと堕ちた。

「まだ足掻くか?」

「…………えぇ」

 長い沈黙の後、フィーダは弾を切らしたハンドガンを手放した。軽々しい音を立てて銃が足元に転がる。代わりに掴んだのは、大量の≪タグ≫がぶら下がった愛用のキーリング。

 武器はまだある。機銃も対物ライフルも、更には反応弾頭より高威力な兵器だってあるが。

 きっと届かないのだろう。都市の一角を犠牲にするのであれば或いは届くかもしれないが、そんな選択肢を取れるわけがない。

 手は尽くした。それでも勝てなかった。殺そうとしたのだから、殺されることもある。

 だからこの話は終わり。フィーダ・レティエ個人としては、そう割り切れる。

 ……それでも。

 一人のガーディアンとしては、黙って死ぬわけにはいかない。最後まで戦い抜かなければ、仲間たちに顔向けできない。

 少しでも余力を削る。死ぬのはそれからでもいいだろう。

「わたし、往生際悪いのが取り柄ですから」

「そうか」

 クラウスはただ短くそう答え。

「ではさらばだ」


 ――一瞬だった。

 気づいた時には巨体が目の前に迫り、構えられた拳が突き出されようとしていた。減衰されてなお金属製の床が大きく凹む異常な脚力。

 武器を取り出す暇もない。

 人撫でで人体を破壊し尽くす暴力が、フィーダへと振りぬかれ――


「フィィィィィィィダァァァァァァァァァァアアアアア!!」


 空から声が落ちてきた。

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