96、モモ、真っ向勝負をする~幼い心にも矜持はあるもの~後編
「嘘つけ! オレが孤児だから同情して、恵まれてる自分の方が上だと思っているんだろ!?」
「恵まれてるって、どうしてわかるの? ギルは私のことなんにも知らないのに。ギルがね、同情されるのが嫌だって気持ちは少しわかるつもりだよ? 人から気にかけてもらえるのは心を優しくするけど、同情する言葉をかけられると、心がつつかれる時もあるよね。だから、私はギルが嫌がるような同情はしないよ」
桃子には他の子がいつも一緒に居てくれるような両親はいなかった。小学校の参観会に来てくれたのは祖母で、仕事に忙しい両親が来てくれたことは一度もない。同級生の女の子からそのことを可哀想と言われた時、笑って大丈夫だと言いながらも心が痛かった。
その子に悪気があったわけじゃないのは知っている。だけど、『どうして?』とその時桃子は疑問に思ってしまったのだ。──どうして、私のお母さんとお父さんは参観会に来てくれないの? そう思った時、目に見えなくても心はちくちくと傷ついていた。 祖母に言えば悲しい顔をさせてしまう。そう思い、幼いながらも飲み込んだ気持ちを、覚えている。
「…………わかったようなこと、言うなっ!」
ギルは悔しそうに顔を歪めると、桃子にそう吐き捨ててテーブルから離れてしまう。乱暴な仕草のせいで、椅子がガタンッと倒れる。威嚇するような大きな音は、ギルが自分の心を守ろうとしている証拠に見えた。
倒れた椅子をエマさんがそっと起こす。桃子は場の空気を乱したことに頭を下げる。
「ごめんなさい。ギルを怒らせちゃった。仲良くなれたらなって思ってたけど……嘘は吐きたくなかったの」
取り繕ったり、嘘で誤魔化すことは出来るけど、ギルは偽りにはすぐ気づくタイプだと思ったのだ。それに、桃子はもともと嘘を吐くことに向いていない。絶対にバレる自信しかなかった。
でも、苦しそうに曇った瞳が気になる。ギルには孤児であること以外に何か深い事情を抱えているのかな? 睨まれたり邪険にされたりしたけど、心配になってきた。
「リジー、ギルってどこで暮らしてるの?」
「え? 街の孤児院で暮らしてるらしいけど。わたしもこの街に来たばかりだから、詳しい場所までは知らないわ」
「エマさんか、レリーナさんならわかる?」
「この街に生まれた時から住んでいるのだもの。知っているわよ。ただ、あの子がどちらに住んでいるのかまではわからないわね」
「どちら? 一個じゃないの?」
「えぇ。この街には孤児院が二つあります。東と西のエリアに一つずつ。西側は神殿が担当をしているもの、もう一つは市民が経営しているものです。彼がどちらで保護されているのかはわかりませんが、親を亡くした子供や、親に捨てられた子供が集団で生活している場所ですよ」
ここでまた神殿という単語を聞くことになるとは、正直思わなかったなぁ。桃子はちょっと前の騒動を思い出してしょっぱい気分になる。神殿が原因で攫われたけれど、同じ神殿の人に助けてもらってもいるから、全部が全部悪人だ! なんて非難するつもりはない。けれど、もしやという懸念はやっぱり浮かぶ。
桃子は迷う。ギルの様子は気になるけど、深くまで関わることでバル様に迷惑をかけるのは絶対に避けたい。害獣や悪者の出現で忙しくしているのに、心配をかけるのは駄目だよ。かと言って、中途半端に関わったままギルのことを放置するのも寝覚めが悪い。もし、それがゆくゆくは深刻な事態になってしまったら大変だ。
「うむむむむ……」
眉間に力を入れて、桃子は考えた。頭を振り絞って考えた。本人に聞くことなく、こっそりとギルの事情を知る方法は?
「あっ、そうだ!」
ギルの事情を知っているかもしれない人物は、もう一人居る。




