95、モモ、真っ向勝負をする~幼い心にも矜持はあるもの~前編
エマさんに花冠の作り方を教えた桃子は、興味を持ったレリーナさんも加えた三人でのんびりと花冠を作った。そしてお花屋さんに並ぶ商品が一品増えた所で、リジーとギルがやってきた。
リジーは笑顔でおはようと声をかけてくれたけど、ギルには機嫌悪そうに睨まれた。けれどそんな塩対応は予想してたもんね! 桃子は負けじとにこーっとした。途端に狼狽えた様子で目をキョロつかせたギルは、ぷいっと顔を背けてエマさんの元に行ってしまった。
怒るばかりじゃ、話も出来ないと思って笑ってみたけど、あの反応はどうなんだろう? 余計嫌われちゃった? 五歳児VS十歳児じゃ普通ならひぎゃーって泣いて終了しそうだけど、そこは十六歳だからね、お話して解決したい。
そんなちっさな野望に闘志を燃やす桃子であったが、お仕事中は花束を作ることに集中した。一度やったことだから花束作りも、昨日より手際は良くなってる。積み重ね、大事。ギルも作業中に悪態をついたりはしない。お金をもらうんだからその分真面目に働かないとという意識が強いのかもね。子供だけど、しっかりしてる。桃子も見習わなきゃね。あ、でも睨んだりするのは駄目だよ?
頑張ってお仕事をしてればあっと言う間にお昼が来る。お手てを洗って連れ立ってリビングに移動すると、今日もエマさんがご飯を用意してくれていた。それを美味しく頂いたら、お待ちかねのデザートだ。
「今日はモモちゃんのお家から美味しそうなクッキーを頂いたのよ。紅茶を入れるわね。皆で頂きましょう」
「わぁ、美味しそう!」
お皿の上にクッキーを盛って運んできてくれると、リジーが嬉しそうな反応をする。さすがバル様のお屋敷の料理長さんだ。売り物と遜色ないクッキーだった。丸みのある正方形のクッキーにはなにかの種が付いていたり、しましまだったりと見た目からして品がある。
エマさんが紅茶をティーカップに注いで配ってくれた。桃子はお礼を言うとさっそく一つ手に取ってぱくつく。今回は甘さが強めでバターは控えめに感じる。歯ごたえもザクザクしていて食べごたえがある感じだ。何度か食べさせてもらってるけど、ほんと毎回美味しい!
昨日のイチカっていうイチゴそっくりの果物を使った丸いケーキも生地がふんわりしていて美味しかったけど、これも幸せになれる甘さだ。桃子は頬を緩ませて幸せの味を噛みしめた。
「これを作った人は本当にお菓子作りがお上手ねぇ。紅茶ととても合うわ」
「ほんと美味しい!」
「レリーナさんも食べてみて。すんごく美味しいよ?」
「お言葉に甘えさせてもらいますね」
エマさんとリジーもクッキーを食べてにこにこしている。桃子はレリーナにもクッキーを勧めて、俯いているギルの様子を気にする。声をかけた方がいいかな? 迷っているとエマが桃子の気持ちを察したように微笑んで、ギルに声をかけた。
「疲れた時は甘いものがいいのよ。苦手じゃなかったら、ギルも食べてみない?」
「……施しのつもりかよ」
ガタリと椅子から立ち上がり、ギルが桃子をきつく睨んだ。空色の瞳に憎悪が浮かんでいた。その奥にあるのは子供が持つには不似合いなほど強い矜持だ。炎のような意思が、黒く燃えている。
「違うよ。私にはあげられるものなんてなんにもないもん」
身一つで異世界にやって来た桃子には、パンツ一枚も持っていなかったのだから。バル様達が与えてくれる物を着て、与えられた食事を食べて、向けられる気持ちを失くさないように抱きしめているだけだ。
傍から見れば桃子の物に見えるかもしれない。しかし、桃子の意識からすると、全て借り物のように思えるのだ。元の世界のものは何も持ってこれなかったから、本当の意味で桃子の物だと言えるものは五歳児に退行したこのちんまりした身体くらいのものだ。




