88、モモ、恥ずかしがる~神様に託された警告は嵐の気配を運ぶ~後編
「つまり悪しきものってのは、人の一番嫌な記憶を引きずり出すだけじゃなくて、苦しみや悲しみといったマイナス感情を増幅させることが出来るのかもしれないってことか?」
「えぇ。確証のある推察ではありませんが、私はそう思います。レリーナ、最近あなたが護衛についているそうですね。普段の生活の中でモモがこんなに動揺した姿を見たことはありましたか?」
「私が知る限りはございません。モモ様は怒りを長続きさせる方ではないように思います。それは悲しみや寂しさにも言えることかもしれません」
なるほど、それなら桃子の中にある違和感にも頷ける。キルマも鋭いなぁ! 当事者よりも先に違和感に気付くなんて、洞察力があるねぇ。
「モモはどう思う?」
「うん、言われてみればおかしいかも。だって、私はあの時たしかに悲しくて寂しかったけど、それは過去のことになっていたはずなんだもん。それなのに、あの時よりも辛く感じてる気がするって変だよね?」
落ち着いたからわかることだった。この状況は不自然だ。悪夢を見て泣いてしまうのは普通にあることだろう。だけど、乗り越えた過去をこんなにも引きずるのは変だ。そう思った瞬間、溢れ駆けた不安と悲しみがすーっと引いていった。あ、あれー?
桃子は目をぱちくりさせた。落ち込んでた気持ちが綺麗さっぱり消えちゃったよ。どういうこと? 思わず自分の胸をペタペタ触って確かめる。
「気分が悪いのか?」
「ううん。苦しいの治っちゃったみたい。やっぱり悪い魔法をかけられてたのかなぁ? でも、そんなこと出来る人っているの? この世界にはこう、妖怪みたいなのもいる?」
「ようかい? それはどんな存在だ?」
拙いひらがなで聞かれると、どんなに格好いい人でもやっぱりきゅんとするね。桃子は違和感が消えたのですっきりした気分で説明する。
「悪戯とか悪いことをする人間以外の生き物。どっちかっていうと神様寄りなのかな? いろいろな姿があって、人を食べたりもするらしいよ。でも、私のとこでは伝説上の生き物の一つだね」
「まるで害獣のようだな。害獣も人を食べることがある。この世界に存在するのは人、神、害獣、動物、獣人だ。獣人国とは交流があるが、そんなことを出来る存在は聞いたこともない。考えたくないが、一番可能性があるとしたら神に関係する何者かだろう」
ふおおおっ、獣人!? ファンタジーなの来た! ぜひとも会いたいなぁ。動物園とか行ったことないけど、動物は好き。パンダとかライオンの獣人さんいないかなぁ。握手してほしい。どんな感じなのかな? 頭が動物とか? それとも人間にミミが付いてるコスプレさんちっくなの!? 想像すると興奮するね!
「オレは苦手だから遠慮したいけど、モモは興味あるみたいだね」
「動物が苦手なのですか?」
「いや……」
レリーナさんの疑問に、カイが気まずそうに言葉を濁す。珍しい姿に、桃子は興味津々の眼差しを向ける。困り顔で口元を隠したカイを他所に、キルマがさらりと暴露した。
「獣人国の女性に大人気なんですよ。なんでもカイは女性を引きつけるフェロモンが通常の人よりも多いそうなので。珍しがった女性たちが周りに集まりました」
「おおー、モテモテだね!」
「いや、さすがに犬とか猫の頭のまま顔を寄せられるのは、ちょっとな。そのままガブッと食われる気がして、気が気じゃなかったよ」
苦笑するホスト、違った、カイに桃子は笑ってしまった。女性を邪険に出来ずに困っている彼の姿が思い浮かんだのだ。そんな桃子に、キルマが美麗な微笑みを見せる。
「すっかり元気になったようですね。」
「うん、元気! 今度悪者に会っても負けないからね!」
魔法にかかっても跳ね返してやる! フンッと鼻息も荒く気合いを入れて答えると、バル様から強い視線を向けられる。はい! 危険なことはしません! いい子のお返事を同じように目で返してみると、伝わったようで、一つ頷きが返された。
「モモは一人にならないように心がけてくれ。現実で接触された場合は迷わず逃げろ。それから、言うまでもないがこの件はここだけで留める。少なくとも、情報が集まるまでは」




