84、モモ、ウサギになる~ぎゅってされると悲しい気持ちも飛んでいくよね~前編
「どうなさいました、モモ様!?」
目を覚ました桃子は部屋を出て、一階に降りることにした。どこかにメイドさんがいないかなと思っていれば、ちょうど階段を上っていたレリーナさんが悲鳴のような声を出して駆けあがって来た。あんまりにも酷い顔だから、びっくりさせちゃったみたい。
軍神様に助けてもらって目を覚ましたら、寝ながら泣いていたみたいで、頬がびしょぬれだった。五歳児にはたぶん耐えられなかったんだろうね。今も十六歳の中に存在する五歳児が顔を歪めて泣きそうになっている。
大丈夫、大丈夫、あれはもう過去だもん。終わっちゃったことだよ。そう言い聞かせる桃子も夢に引きずられて少しだけ心が苦しい。
顔は洗ったけれど、目元は熱をもってヒリヒリするし、目は真っ赤だ。今は夢を夢として認識出来ているけど、夢を見ていた時はあれが現実だった。心が過去の一番嫌な瞬間まで巻き戻されていたようだ。軍神様に悪しきもの、略して悪ものって呼ばれてたあの手の人、たぶんすんごく性格悪いと思う!
「怖い夢見ちゃったの。でもただの夢じゃなかったみたい。軍神様が出てきてバル様に伝言を頼まれたんだけど、今から会いに行っても邪魔にならないかな?」
「軍神ガデスに夢で会われたのですか!?」
「うん。伝えるように言われたから、たぶん重大なことなんだと思うけど……」
「モモ様、抱き上げますよ。私にしっかりと捕まっていてくださいませ。すぐに馬車のご用意をいたします。神の言葉とあらば急ぎお届けせねばなりません」
レリーナさんの腕にさっと抱っこされる。桃子は言われるままに細い首にしがみ付く。柔らかな腕の中で大きなお胸に寄せられて、ほよんと桃子は揺れる。勢いよく階段を下っているが、それでもどことなく品の良さがあるのだから、すごい。メイド兼護衛さんは優雅さが大事なようです。
馬車に乗りルーガ騎士団本部にやってきた桃子は、外側からパカッと扉を開けてもらって、よいしょと足を踏み出した。正面から門番さん達からの凝視を頂く。豪奢な馬車から登場するとなるとお姫様を期待するよね。期待を裏切ってすみません。五歳児桃子登場である! ちょっと決めポーズを取りたいところだ。
「今日もご苦労様です」
門番さん達にビシッと、警察官の敬礼をしてみた。伝わるかな? ドキドキしていると驚いていた二人は、戸惑い顔で胸元に右手を当てて軽く俯いてみせた。これが異世界風の敬礼なのかな? 桃子は一つ知識を得た! タラララーン。
にこーっと笑顔を返して、真似して胸元に手をぺたっと当ててちょっと俯いてみる。伏し目がちな感じかな? ちらっと門番さん達を見ると笑顔を返された。うむ、合格ですね! バル様にも見てもらおう。
心の中にこびりついた悲しみの残滓から目を逸らして、出来るだけ頑張って明るく振る舞う。レリーナさんを心配させないように、得意顔で振り返ると、馬車から降りて来たレリーナさんも柔らかく微笑んでくれた。笑ってくれてよかった。
レリーナさんが門番さん達の前に立つと、訪問理由を述べる。
「失礼します。バルクライ様に用があって参りました。許可を頂けますか?」
「確認のため、お名前をどうぞ」
「こちらはモモ様、私はレリーナと申します」
「許可します。団長よりその二人が来た場合は通せと言われております。どうぞ、お通りください」
「ありがとうございます」
「ありがとー」
すんなり許可が出て驚いた。慎重なバル様のことだから、きっと緊急の時のために根回ししておいたんだろうね。頭が回るなぁ。うっかり昼食のことを言うのを忘れる桃子とは大違いだ。……もう少ししっかりしなきゃね。じゅうろくさいでしょ! ……はい。なんとなく五歳児に叱られた気がした。




