79、バルクライ、思案する
バルクライ視点にて。
執務室で書類を片付けていたバルクライは、悩ましい問題にため息をついていた。
ルーガ騎士団では毎年、害獣の繁殖期には大規模な討伐を行う。この討伐には民間の請負業者と連携を組み、それぞれ場所を割り振って協力し合う。本番の大規模討伐は来月を予定しているが、その前に国の周辺に偵察部隊を送り、どの害獣が増えているかを確かめて対策を立てる必要がある。その部隊を編成するのも、ルーガ騎士団師団長であるバルクライの仕事だった。
「報告書になにか不備でも?」
バルクライは、キルマの声に顔を上げる。心配そうにこちらを見てる副団長の机にも書類が山となっていた。キルマが仕分けて渡してくれるので随分と助かっているが、まだ仕事は終わりそうにない。
「いや、問題ない」
「それでは、モモのことですか?」
考えていたことを当てられてバルクライは内心驚いた。顔に出てはいないだろうになぜわかったのだろうか? 視線で問いかけると、キルマがおかしそうに口元に笑みを滲ませる。
「わかりますよ。貴方はモモと出会って人間らしくなりましたからね。以前から冷静で頼れる師団長ではありましたが、口さがない者達からは血の通わない彫像のようだと言われていた貴方が、目や表情に僅かながらも感情を出すようになったんです。今のあなたを見れば、誰も血の通わない彫像のようだとは言わないでしょう」
「……そうか」
自覚のないまま彼女に感化させられていることは理解した。心臓を猫のしっぽで撫でられたような気がした。触覚はなにもとらえていないと言うのに、胸の内でなにかが生まれている。こそばゆくも心地いい気持ちだ。
「それで、モモがどうしたのです?」
キルマが微笑みながら聞いてくる。バルクライの頭には、今朝の幼女の様子が浮かんでいた。昨日から気になっていたのだ。就寝前に話した時は、散歩に出たと言っていたがその時になにかあったのだろうか? 今朝も目から真意を読み取ろうとしたバルクライを拒み、なにかを隠そうとしていたように思う。
頬が色づく様子に十六歳の彼女を膝に乗せた時のことを連想して、見逃してしまったが失敗だったかもしれない。あの朝、気付けば腕の中に居た全裸の彼女に手を伸ばさなかったのは、バルクライに強靭な精神力があったからだ。成長して少女の艶が加わったモモは、それほどに魅力があった。艶やかな黒髪も、心を素直に浮かべる黒い瞳も、バルクライの感情を刺激していた。
それ以来、幼女に戻ったモモを見ていると、時々十六歳の彼女が被る。……このような場合、キルマにどう説明したものだろうか。バルクライは言葉を探したが上手く見つからなかったので、簡潔に説明することにした。
「女が男に隠し事をする時はどういう時だ?」
「この書類──なんか今、団長の口から凄い言葉を聞いた気がする」
「トーマ! 執務室を開く時はノックをしなさい!」
「いや、それはオレが悪かったけど、それよりも団長が」
突然入って来たのはトーマだった。書類らしき紙を片手に目を丸くしてバルクライを凝視している。珍しく素直に自分の非を認めているが、そんなにおかしなことを言っただろうか?
「あぁ、もうっ! こうなったらトーマにも話を聞いてもらいましょう。いいですよね?
ここまで聞いたんですから、団長のお悩みを解決する策を一緒に考えてください」
「あ、あぁ、まぁ、いいけど」
「それで、隠しごとがあるのは確実なんですか?」
「あぁ。見ればわかるからな」
「あの子は嘘や隠し事には向きませんからね」
キルマが苦笑した。感情を隠そうとすれば不自然に目を泳がせるのがモモだ。非常にわかりやすい。そこがまた愛らしくもあるのだが。
「そんなあの子がそれでも隠しごとをするとしたら、どんな理由があると思う?」
「普通に考えれば、浮気じゃねぇの?」
二人の会話で状況を察したのか、トーマは平然と爆弾を投下した。彼は肝心な部分を理解していなかった。『モモ』という人物名が偶然省かれたまま進んだ会話で、女=上司の恋人として考えたのだ。それを知らないバルクライは爆発の衝撃を受けて、思考を停止させた。




