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61、ディーカル、動き出す

ディーカル視点にて。

 その噂が流れ始めたのは、大神官がルーガ騎士団に拘束されるという事件が起きてから五日が過ぎた頃だった。


 大神官が拘束された理由は詳しくは伝えられなかったが、噂ではバルクライの縁者が関係しているとのことだった。聖職者達はひそやかに囁く。


「バルクライ様はその方を随分と大事にしているそうだぞ。拘束された元大神官は随分と絞られているらしい。もはや聖職者としては死んだも同然だ。貴族として返り咲くのは不可能だろう」


「まことに恐ろしいことよな。我等に火の粉がかからぬことを願うばかりだ」


「ねぇ、聞いた? 団長様の縁者の方、怪我が酷くて動くこともままならないそうよ」


「それはお気の毒ね」


「でも、神殿内は未だ次の大神官を決められなくて混乱しているし、聖職者である私達が私情でもって治癒魔法を使うことは禁止されているものね」


 そんな囁きは一日もしないうちに神殿内に広がったのである。



 ディーカルは未だに混乱の続く神殿内に厳しく目を配り──いや、大きな欠伸をしながら頭を掻いていた。

 

 やる気のない様子がだだ漏れだったのか、隣に佇むリキットが目を吊り上げて叱ってくる。


「隊長、しゃきっとしてください!」


「あー、昨日の酒がなぁ。まだ残ってんだよ。やっぱいい酒は美味いから進むぜぇ。2瓶も開けちまった。うははっ」


「仕事の前日くらい加減しろ!」


「団長が今回の礼に寄越した酒だ。こりゃもう飲むしかねぇだろ!」


「威張るな!!」


 すげぇ、美味かったなぁ。ディーカルはその味を思い出して舌舐めずりをする。辛口で、まさに男の酒と呼ぶにふさわしい渋い味わいと風味があって、思わず杯を重ねてしまったのである。


 胸を張って馬鹿なことを抜かすディーカルに、リキットは鬼の形相である。とってつけた敬語もふっ飛ばし、上司の胸倉を掴んでガクガクと揺すってくる。


「うぉっ、馬鹿、おま、酔っちまうわ!」


「あんたは普段から酔っぱらってるようなもんだろうが! これは団長から任された重要な任務なんだぞ!? そんな体たらくで失敗なんかしたら、あんたが寝てる時に酒瓶で殴るからな!」


「うっぷっ、タンマ! わかったから、揺するの止めろ!! お前に向かって吐いちまうぞ!?」


 本気で気持ち悪りぃ。ディーカルの切羽詰まった声で我に返ったのか、リキットから胸倉を解放される。ディーカルは重い身体を休ませようと、よろつきながら壁に寄りかかった。うへぇ、頭がグラグラするぜ。口元を片手で覆って、深呼吸していると呆れた声がかけられた。


「こんなとこで吐かないでくださいよ。トイレでどうぞ」


「せっかくの酒を誰が戻すか。根性で押さえ込むわ」


 そう返して、意識してセージを身体の中で巡らせる。これは医療班のターニャに教えてもらった方法だ。体調を整えるのに有効らしい。ディーカルは持ち前の不運でしょっちゅう軽い怪我をするので、ターニャに簡単な医療技術を教えてもらっているのだ。


 これがまた興味深くて面白い。酒の次の次くらいには嵌っている。おかげで自分と部下の怪我くらいは、だいたいディーカル自身が治療出来るようになっていた。だから4番隊は異様に回復が早い化け物部隊と呼ばれているのである。


 幾分楽になった身体を壁から離していると、一人の青年が躊躇いがちに近づいてきた。年は18、19くらいだろうか、眼鏡をかけた顔は、見る者によっては気が弱い、または優しい顔立ちに見えそうだ。リキットが相手の緊張をほぐすように柔らかく笑いかける。


「猫かぶりめ……」


「煩いですよ。──どうしたんですか?」


「すみません、お聞きしたいことがあるのです。団長様の縁者の方がベッドから出られないほどの怪我をしていると聞いたのですが、本当なのですか?」


「あぁ、そのことですか……本当のことですよ。具体的には怪我からの発熱が原因なのだそうです。治癒魔法を使える聖職者の方には何人も力を貸してほしいと副団長がお願いしたのですが、神殿の規律に触れてしまうと断られてしまいましてね」


「……あの、僕では駄目ですか!? 一応、僕も聖職者の一人で治癒魔法は得意な方です!」


「規律はいいのか? 全員それが理由で断ってきたぜ」


 ぎゅっと手を握りしめる青年にディーカルは目を眇めた。


「神殿を追いだされても構いません! 僕は人の助けになるために聖職者になったんですから!」


「へぇー? なかなか立派な覚悟じゃねぇか。そんじゃあ、団長に連絡して屋敷に直行するか。リキット、この場は頼むぞ。お前は付いて来い」


「了解しました」


「は、はいっ」


 ディーカルはリキットに後を任せると、廊下を歩きだした。その口元が笑んでいたことは、本人だけが知っていた。



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