60、モモ、恩人さんを思う~証拠はないけど、五歳児の本能がささやくよ~
五歳に戻った二日後、バル様のお屋敷の応接間には、家主であるバル様にカイとキルマも揃っており、桃子は神殿に攫われた後のことを聞かれていた。桃子は自分に起こったことを、三人にありのまま話すことにした。
水色の目の男に攫われた後に首飾りを取られてしまったこと、禊をしたことや食事は野菜を食べたことなどに加えて、軍神様の演技の練習をしたことと優しそうなお兄さんがリンガをくれたことも、全て伝えた。
話が進んでいくごとに三人の顔が厳しくなっていくのに、ビクつきながら話し終えると、キルマが深く深呼吸して、桃子ににっこりと微笑みかけてくれた。いつも通りの麗しい微笑みなのに、お腹が冷えた気持ちになる。吹雪が、吹雪が室内に吹き込んでる!? そんな幻覚が見えそうだ。
思わず縋るように隣に座るバル様を見上げれば、こちらはこちらでこめかみにくっきりと青筋が浮かんでいた。無表情なのが脅えを誘う。こあいよぅ。五歳児が心の中で震えながら呟いた。
最後の砦とばかりにカイを恐る恐るチラ見したら、苦笑と共に頭を撫でられた。ほっ。良かった、これでカイまで怖い顔をしてたら、桃子は五歳児の本能に従って泣き出していたかもしれない。
カイが怖がらせないために怒りを隠したことも、キルマと目で会話していたりするのも、桃子はやはりちっとも気付かないのであった。
突然、キルマがソファから立ち上がる。
「団長、私急用を思い出しました。今日は失礼させて頂きますね。モモ、明日また来ますね。無理はしないで怪我をした身体を労わるんですよ」
「う、うん」
「それでは、失礼します」
キルマは眩い微笑みを残して急に帰ってしまった。急用ってなんだったんだろう? 桃子の証言で重大なことに気付いたのかな?
「私の証言ってバル様達の役に立てそう?」
「あぁ、証拠になる。それと、勘違いしていそうだから一つ訂正しておく。この時期の禊は後に湯を浴びるのが普通だ」
「そうだったの? てっきり寒さに耐えるのも修行なんだと思ってた」
「ははっ、そんなの大人でも風邪をひくよ。モモも高熱を出したと聞いたけど、今は身体の具合は悪くないんだよな?」
「うん。元気だよ!」
カイに返事を返しながら、なるほどと思う。それでバル様達の顔が怖くなったんだねぇ。されたことを忘れたつもりはないけど、桃子はバル様達のところに帰ってこれたから、それでもういいかなぁって気になっていた。けれど実際問題、あのおじさんがやったことは罪になるのだろうし、はい、終わり! じゃあ、解散! ってわけにはいかないんだろうね。
「団長のご指示通りにキルマが呼び掛けて、モモを助けてくれたという人物を探してはいますが、未だに相手は名乗り出てきませんね」
「オレもそれが気になっていた。モモは相手にどんな印象を受けた?」
「うーん、なんとなくだけどね、私はその人のこと悪い人じゃないって思ったんだ。だってその人ね、ごめんって言ったの。こんなことしかしてあげられないって。その人のせいじゃないのに、罪悪感に耐えかねたような顔をしてたの。だから、自分が助けましたって大手を振っては出て来られない性格の人なのかも」
カイが虚を突かれた顔をする。なにに驚いたんだろう? それを聞こうとする前に、バル様が思案するように目を伏せた。長い睫が伏せられると生きてる気配が遠ざかり、彫刻のような美しさが増す。今日の眼福頂きました!
「モモはその人に会いたい?」
「うん。ちゃんとお礼が言いたいよ。もし見つけられたら会わせてくれる?」
「団長かオレ達が一緒に居る時ならね」
カイもまだ見ぬ相手のことを警戒しているようだった。桃子も実際にお兄さんの様子を見ていなければ同じようにちょっと警戒したかもしれない。カイ達みたいな慎重さには自信がないから、警戒と言っても、ざっくりと粗めの穴が開いていそうではあるけど。ザルのような警戒心……それって警戒してるって言ってもいいのかな?
バル様がゆっくりと瞼を上げる。端正な彫刻に命が吹き込まれたようで、桃子はぽうっと見とれた。綺麗なものはいいものです。パチッと目が合って、じっと見つめられる。どうしたの?
「……違う方法を試すぞ」
そうして、バル様が話したのは桃子には考えもつかない驚きの方法だった。




