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56、モモ、戸惑う~迷うのはその人を本当は信じたいからだよね~

「お買い上げ、どうもね」


 香辛料屋さんでお砂糖を入手した桃子達は、布袋にお砂糖を入れてもらって馬の背にくくりつけた。桃子が座るスペースは十分に確保出来ているけど、バル様が座る場所がなくなっちゃた。


 帰りは歩いて帰るつもりなの? それもいいよね。のんびり歩いてもたぶん十五分くらいでお屋敷に着くだろう。桃子が降りてもいいけれど、それは絶対に却下されるので口に出すことは止めておく。


 さっき棚に並んでいた調味料を見ていたんだけど、やっぱり味噌はなかった。うん、期待はしてなかったけど、ちょっと元の世界と似たものを食べたせいで、無性に日本食が食べたくなった。お米が恋しい。パンも好きなんだけど、この国は基本が洋食だからね。日本食を食べるのは難しそう。


 こういう時は、そう……思い出せ、桃子。あの切ない日々を。食卓に並ぶ緑の草、もとい野菜を。それしか食べられなかったことを思えば、自然と恋しさが失せた。勝った! 煩悩に負けちゃ駄目だよね!


 ふと視線を感じて横に目を向けたら、バル様とパチッと目が合った。いつから見てたの?


「表情をコロコロと変えて、なにを考えていた?」


「えっ、そんなに顔に出ちゃってる?」


「あぁ首を振ったかと思えば、眉を顰めて、今は笑っていたな」


 感情丸出しでした。駄目だ、表情が柔らか過ぎるのも考えものだね。桃子は怪我ガーゼを貼っていない方を怪我をしていない手で擦ってみる。幼児ほどの柔らかさはないけれど、やっぱりぷにっと手を押し返す弾力はある。太ってはないよ? たぶん十代のお肌は誰でもこんな感じじゃないかな。誰にとなく言い訳めいたことを考えた。


 桃子の考えが読めたわけではないだろうが、バル様は穏やかに目を細める。


「偽らず、そのままでいるといい。オレの傍に居る限り、お前を誰にも利用はさせない。それがたとえこの国であったとしても」


「クライ様……」


 バル様はルーガ騎士団を束ねる師団長で、この国の第二王子だ。そんな人が、桃子の為に国を敵に回しても、守ってくれると言っているのだ。こんなことを言われて、何も感じない女の子はきっと元の世界にもこの世界にも存在しないよ。


 桃子は無性に泣きそうになった。だってこんな、絶対を約束してくれた人なんて、今までいなかったのだ。いくら軍神様から加護を得たといっても、この国にはもうミラという女の子がすでに加護を得ている。だから桃子は唯一無二の存在というわけではない。


「私にそんなこと言っちゃ駄目だよ。バル様から離れられなくなっちゃう」


 思わず本当の名前を呼んでしまう。身体のどこからか、気持ちが溢れてくる。悲しくもないのに涙が出て、頬を伝う。胸が引き絞られて苦しい。こんな気持ちになったのは、どんなに願っても両親が振り向いてくれなかった時以来だった。


「泣かないでくれ、モモ」


「駄目だよ、バル様」


 繰り返して、頬に伸ばされた指を手で遮る。その手は小刻みに震えていた。おかしいね、どうしてこんなに苦しいんだろう。


「モモ、オレはお前を傍から離すつもりはない。これはお前が元の姿に戻る前から決めていたことだ。最初は、興味があっただけだ。だが、モモが攫われてからずっとここが落ち着かなかった」


 バル様が自分の左胸を指先でトントンと叩く。


「これがどんな感情なのか、名前を決めかねている。親愛の情、あるいは、愛情と呼ぶものかもしれないな。だが、オレにはその判断が付かない。そんな気持ちを抱いたことがないからだ」


「…………」


「だから、モモに一緒に考えてほしい。オレの傍で」


 未来を約束する言葉は、桃子に喜びと恐怖を与える。だって、もしその約束を破られちゃったらどうしたらいいの? いつの日か、桃子なんていらないと言われたら、それを思うと信じるのが怖いのだ。けれど、バル様がそんな人ではないことも桃子は身をもって知った。


 そう思って、気付く。バル様が問題なのではない。桃子自身がバル様を信じられるか、疑ってかかるのかの問題なのだ。


 誰かを信じることは怖い。両親の例があるから余計に。けれど、バル様の心を疑うのは、桃子の弱さだ。それがわかったら、心が落ち着いた。


「バル様……誰と結婚しても、その時に私がまだ五歳児だったらお膝に乗せてくれる?」


「結婚の予定はないが、乗せるだろうな」


「お嫁さんに嫌がられても、私のこと邪険に扱わない?」


「モモを嫌がる嫁なら断ると思うが、仮にそうなっても扱わない」


 桃子は緊張しながら、一番聞きたくて聞くのを躊躇う質問をする。


「バル様達と離れたくないって……言ってもいい?」


「オレ達がお前を離したくないんだ、モモ」


 バル様が足を止めて、桃子を両手で抱き上げた。涙が雨みたいに落ちて、バル様の胸元を濡らす。生まれて初めて、溢れるほどの嬉しさを感じた。




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