54、モモ、お使いに行く~過保護は大事にされてる証かな?~前編
バル様は使用人の男の人に待たせていた馬に桃子を乗せると、その後ろに自分も騎乗する。そして馬を上手に操ってゆっくりと門の外に出て行く。進む速度はのんびりだ。ぽっくりぽっくりと進む足音が優しく聞こえる。
良い天気だからか、お屋敷の前の通りから街の方向に馬を進めていくと、街の先々で出店や店の扉が開かれており、行き交うお客さんが買い物をしている様子がよく見えた。
バル様と一緒に石畳の道の隅を進んでいると、物珍しそうな視線を時々向けられる。しかし、桃子達以外にも馬や馬車がのんびりと行き来しているので、それほど悪目立ちはしていないようだった。
子供に手を振られたのでひらひらと振り返してあげると、きゃっきゃと喜ばれた。無邪気で可愛い。今は十六歳だから素直にそう思えるけど、五歳児だと一緒にはしゃいじゃうかも。
「この先で調味料を売っている。モモ、もし他に欲しいものを見つけたらこれで買うといい」
バル様が腰の布袋を開いて、桃子に花柄の巾着をくれる。そこにはずしりとした重みがあった。これお金だよね?
「えっ、でも……」
「働いてもらったからな。その分の賃金だ。モモが稼いだお金だから好きに使うといい」
お金の価値がどのくらいなのかわからないけど、多過ぎるんじゃないかな? ずしっと重いのでそわそわしてくる。思わず渡されたものをバル様に差し出す。
「クライ様が持っててくれる?」
「構わないが。どうした?」
「うっかり落としちゃったら困るから」
「心配するほど大金ではない。オレが持っていてもいいが、せっかくだからモモが自分で何かを買ってみるか? 今後の為にも、金の使い方を覚えておいたほうがいい」
「うん、それは覚えたい。お金の価値がわからないと困るからね」
大金じゃないと聞いて安心するってのも変だけど、でもよかった。桃子は差し出していた巾着を大事に胸に抱えた。
桃子は周囲をきょろきょろ見回して、出店の食べ物を眺める。食いしん坊と呼ばれようとも、出店の誘惑には敵わない。出店ってどうしてあんなに美味しそうに見えるんだろうね。家で同じ物を作っても、あの魅力はなかなか出ないよ。
桃子はお祭りで買い食いするのが好きなタイプである。高いとわかっていても、ついつい買いたくなってしまう。あれは、出店マジックだと思う。
「あっ、あれ! クライ様、あれ食べたい!」
桃子は一つの出店をびしぃっと指差した。人の良さそうなおばあさんが香ばしいものを焼きながらにこにここっちを見ている。桃子はにこーっと笑い返して、バル様を見上げた。
「あれでいいのか?」
「うん! 美味しそうな包み焼きだよね。クライ様は食べたことある?」
「出店で食べたことはあまりないが、屋敷ではたまに出されるな。中に刻んだ肉と野菜を一緒に薄い生地で包んで焼いたものだ」
「クレープを春巻き状にしたものだね。両面がきつね色に焼けていて美味しそうだね」
「……そうだな。馬から下ろすぞ」
バル様はまず先に馬を下りると、桃子を抱き上げて下ろしてくれる。そして、片手に手綱を引きながら、もう片方の腕に桃子を五歳児の時のように座らせた。
「バ、ク、クライ様、これは止めよう!? 私ちゃんと歩けるよ!」
「駄目だ。悪化するといけない」
思わずバル様と呼びかけた。まさか本当にこんなことをされるなんて、お姫様だっこから馬に移動したので油断していた。
周囲がざわついているのを感じて、桃子は恥ずかしさにボーンと爆発しそうになる。でも、やっぱり頼れるのはバル様しかいなくて、厚い胸板に頬をくっつけて顔を隠す。はぅぅっ、日本人、こんなコミュニケーション、取らない。カタコトな日本語を頭の中で呟くくらいには混乱している。
「あらあら、仲がいいこと。いらっしゃい、何個欲しいんだい」
「1個でいい──」
「2個! 2個下さい!」
バル様が言い切る前に、桃子は慌てておばさんに指をピースを向ける。しかし、そう言うとバル様の右眉がぴくりと反応した。かと思えば、子供に諭すような口調で止められた。
「モモ、そんなに食べては昼食が食べられなくなるぞ」
「違うよ。私とクライ様の分だもん。2個も一人占めしません! それともクライ様は食べたくない? お腹一杯だった?」
「いや、軽く食べたい気分だ」
「よかったぁ! あのね、お金は私が出させてほしいな。クライ様にはいっぱい助けてもらったからちょっぴりだけどお礼がしたいの」
「お礼?」
「そう。いつもありがとうってことで」
「……そうか。ならば、この場は御馳走になろう」
優しく目を細めてバル様がそう言ってくれる。こんなことじゃ、お礼にもならないだろうけど、受け入れてもらえることが嬉しい。桃子はさっそく大事に抱えていた巾着からお金を探る。
「おいくらですか?」
「そうだねぇ。仲がいい恋人に祝福を、ってことで安くしておくよ。銅貨5枚のとこを3枚におまけだ。どうだい?」
「ありがとう、おばさん! クライ様、銅貨ってこれでいいんだよね? これを3枚で大丈夫?」
鈍い土色の硬貨を出して見ると、バル様が頷く。
「それでいい」
「うん。じゃあ、おばさん、これでちょうどかな?」
「あぁ、確かに。熱いから気をつけて食べな。ありがとね。また男前なお兄さんと一緒に来ておくれ」
おばさんは包み焼きを紙に包んで桃子に差し出してくれた。代金と引き換えにそれをしっかりと受け取り、桃子は一つをバル様に差し出した。




