49、バルクライ、温もりに安堵する
バルクライ視点にて
ようやくモモを取り戻した夜、彼女は高熱を出した。熱に浮かされて真っ赤な顔で荒い呼吸をする姿に胸が疼く。
抱き起こせば、少し軽くなった身体が力なくもたれかかってくる。メイドに着替えを頼んだところ、全身に青あざが出来ていると知らされた。寝間着の袖から覗く細い腕にも擦り傷がある。薬と包帯で処置をしてやり、バルクライは眉をひそめた。
幼い身体で一人、心細い思いをしただろうに、モモは神が認めるほどに抵抗したという。屋敷に帰ってきたにもかかわらず、バルクライが少し離れようとしただけで不安がっていた。モモが心から安心出来るまで、大丈夫だと何度でも言ってやりたかった。
柔らかく小さな唇を指で触り、口を開くように促すと、熱に潤んだ黒い瞳がぼんやりとバルクライを見つめて、唇が動いた。
慎重にスプーンを口の中に運んでやると、コクリと喉が動いた。野菜を煮込んだスープだ。モモの意識がないので具材は抜いている。美味しかったのか、今度は自分から口を開く。バルクライは喉に詰まらせないように気をつけながら、何度も少量ずつをすくっては食べさせる。
小さな器が空になったら、今度は熱さましだ。
「最後に薬だ。これを飲んだら眠っていい」
「……んぅぅっ、やぁ……!」
緑の薬は見るからに苦そうに見えたが、やはりモモには辛かったらしい。目の焦点もあっていないのに、嫌がって首を振る。すっかり幼児返りしていて、十六歳の意識はないようだった。
「困りましたな。蜜を入れて甘くして差し上げたいところですが、この熱さましは他の物と混ぜてしまうと効果が薄まりますし」
「他の熱さましを作りましょうか?」
「ですが時間がかかりますわよ」
「バルクライ様、いかが致しましょう?」
ロンとメイド達の心配そうな声にバルクライは決める。飲まさないわけにはいかない。ならば、方法はこれしかないだろう。
「……モモ、すまない」
バルクライは意識のないモモに一言謝ると、薬を自らの口に含む。そして、モモの小さな唇に口づけた。嫌がって首を振らないように頭を押さえてゆっくりと薬を流し込む。
「……ん……」
全部飲み込んだのを喉が動いていないことで確認して、バルクライは口を離した。濡れた唇を指で拭ってやると、限界を迎えたのだろう。モモが意識を失うように眠りに入った。
それを見届けて、使用人達を振り返る。
「今夜はもう休んでいい。ここ数日、お前達にも心労をかけた。モモはこのままオレが見ている」
「しかし、バルクライ様もお疲れではありませんか?」
「問題ない。明日は休みを取った。救出に向かう目途が立った時に、キルマには話は通してある」
「さようでございますか。では、失礼させて頂きます。メイドの皆も旦那様のご指示です。朝に備えてしっかり休みなさい」
「はい、執事長」
最後に名残惜しそうにレリーナが出て行くと、バルクライは部屋に鍵をかけてゆっくりとベッドに腰掛けた。
額に張り付いた黒い髪を指で払ってやりながら、長かった数日を思い返す。バルクライはもともと眠りの浅い人間だが、モモに添い寝をするようになってから嘘のように熟睡出来るようになった。それが奪われたからか、さらに眠りが浅くなっていたのだ。
身体は丈夫なので何ということもなかったが、モモを見ていたら久しぶりに眠気を覚えた。熱を発する身体を抱き寄せて瞼を閉じる。バルクライは心地よい微睡に深く呼吸をした。




