46、モモ、保護者様と再会する~嬉しい涙もしょっぱいもの~中編
「一人でよく頑張ったな」
「うっ、ひっく、うん、わたしね、バル様達が迎えに来てくれるって信じきれなくて、でも、信じたくて、必死で五歳児の振りしてたの」
「約束しよう。どんなことがあろうと、オレはモモを見捨てない。必ず助けに行こう」
「うん、うん。バル様、助けてくれてありがとう」
耳元で囁くバル様の優しさに、胸がいっぱいになった。そして、あやすように抱きしめ返されて、厚い胸元にしがみ付く力を強くする。本気で助けてくれると、今は信じられた。だって、この世界の人間でもなく、この国の人間でもないのに、なんの得にもならない桃子のためにここまで来てくれたのだから。
「体温がいつもより高い。顔を見せてくれ。これは、叩かれたな? 頬が腫れてる。擦り傷も多い。手が酷いな、皮がむけて真っ赤だ」
「全部逃げようとした時に出来たの。あの、でも、バル様こそ大丈夫なの? おじさんをやっつけちゃったけど」
「問題ない。モモがここに居ることが人攫いの証拠だ。後ろ暗いことが多い男だからな、他にもいろいろと出てくるだろう」
涙も落ち着いたので、だっこされたままキルマ達の元に運ばれる。シュリンが驚いて目を見開いているのが視界の端にちらりと見えた。バル様達に会えたのが嬉し過ぎて、忘れてたよ。
「こんなに傷だらけになって! さぁ、手当てをしましょうね?」
「頼む。──四番隊、神殿内から一人も出すな! これより本件の関係者から事情を聞く。ディー、以後の指揮を任せる」
「了解。チビッコ、また後でな」
ディーが頭を撫でて祭壇部屋から出て行く。優しい仕草に再び涙が溢れる。こんないい人達に恵まれて幸せだ。桃子はカイが持ってきてくれた椅子に下ろされて、手当てを受けることになった。
「お姫様は少し会わない内に泣き虫になったのかな?」
「ひっく、ひっ、だって、嬉しかったんだもん」
「よしよし、もう大丈夫だよ。モモには落ちついてから、後日詳しい話を聞くことになると思う。元から小さかったけど、少し痩せてしまったね? 熱があるようだし、顔色も悪い。ご飯は食べられていたの?」
「ううん。野菜だけ」
「なっ!? あの外道、食事もまともに与えなかったんですか!?」
「ち、違うの。最初は出されていたんだけど、味が濃すぎて食べられなくて、仕方ないから野菜だけ食べることにしてたの」
「それにしても配慮が足りなさすぎますよ!」
美しい人が怒ると恐ろしい。灰色の瞳が怒りに色彩を増している。美しいだけに迫力が並大抵のものじゃない。自分が怒られているわけでもないのに、思わずごめんなさいと土下座したくなった。
「あの男は私が直々に尋問して差し上げましょう。えぇ、そうしましょう!」
「……終わったな、あの男」
「うるさいですよ、カイ。貴方はモモの足元を確認してください。さぁ、モモ、ちょっと痛いですけど、まずは傷口を拭きますからね?」
いつの間にか、団員の人が治療道具を持ってくれたようだ。並べた椅子の上に置かれた器には並々と水が入っていた。
キルマが白い布に水をしみ込ませてモモの頬や手の平を拭う。
「ひぅっ!」
「ごめんね、もうちょっとだけ我慢してくださいね?」
水が沁みて、痛くて涙が滲む。堪らない痛みだ。なんだか、幼児になってから痛みの感じ方が強くなったみたい。痛みが涙に直結してくる。口をぐっと閉じて耐える。桃子の中で五歳児泣き喚いている。我慢、我慢、十六歳だからね!
「最後に、消毒です。これが終わればもう痛い思いはしませんからね?」
「……ぐぅっ……うっ……!」
消毒液を吸い込ませた綿でポンポンされて悲鳴を堪える。でも、心の中では叫ぶ。ふぎゃーっ、いだい!! 堪えていた涙が落ちていく。痛みで身体が震えた。ひーっ、辛い!
「さぁ、もう終わりです。よく我慢しましたね、偉かったですよ」
「ひぐっ、きうま、かい、ありがと……」
鼻声でお礼を言う。痛かったけど、こればっかりは仕方ないもん。新しい濡れタオルで涙を拭われて、頬の腫れにも塗り薬とガーゼが当てられた。左足首は包帯で動かさないように固定されて痛みが軽くなった気がする。さすが騎士団と言うべきか、手当ても手慣れた様子だった。
椅子から眺めていると、バル様がシュリンに話を聞いているようだった。するとどうしたことか、シュリンが突然バル様に抱き着いたのだ。
「ダメ!」
「危ないですよ、モモ!」
頭がかっと沸騰した。桃子は痛みも忘れて走り出す。キルマの制止の声を聞かずに、バル様とシュリンの間に入る。引き離す前にバル様自身が両手でシュリンの肩を引き離していたので、割って入る必要はなかったが、桃子はきキッとシュリンと睨んだ。
「バル様に触っちゃダメ!」
「な、なによ……」
苛立ったようにシュリンが拳を握りしめる。また叩かれる気がして、咄嗟に顔を両手で庇えば、後ろから抱き上げられた。冷えた声がその場に落とされる。
「お前か、モモを叩いたのは」
「え……っ。そ、そんな違います! 先ほど説明した通り、私は大神官様に仕方なく従っていただけで、なにもしていません」
「では、お前を前にして、この子が顔を庇う動作をしたのは何故だ? 身体が咄嗟に反応したからだろう。何故反応したのか……それは、お前がこの子を叩いたからだ」
「ちがっ、違います! 私、叩いてなんか! そうだわ、その子に聞いてみればいいのですよ! ねぇ! 私、あなたを叩いてなんていないわよね!?」
必死の形相で嘘を迫るシュリンが怖くて、桃子はバル様の胸元に顔を隠した。ほっとする。肩の力が抜けてもう動きたくない。
「本当のことを言うといい。モモにはけして手出しさせない」
その言葉に勇気を貰って、桃子はそっと片目だけ覗かせた。強張った顔で睨んでくる目が言ったらどうなるかわかってるだろうな? と脅しをかけてくる。けれど、せっかく助かったのに屈するわけにはいかない。手が緊張で冷たくなっていく。深呼吸して、桃子は言った。
「……叩かれた」
「このっ!」
「──捕らえろ」
「はっ!」
「そんなっ、師団長様、聞いてください! 私はなにもしておりません。その子は嘘をついているのです! 師団長様!!」




