45、モモ、保護者様と再会する~嬉しい涙もしょっぱいもの~前編
お姉さんに引きずられるように連れてこられたのは祭壇の部屋だった。傷だらけの身体は痛すぎて、一歩あるくごとにズキズキする。
扉の前で一度止まると、お姉さんがコンコンとノックした。
「この忙しい時に、誰だっ?」
「軍神様のお世話を任されたシュリンです」
初めて名前を知った。可愛い名前なのに中身は可愛くないよ! 人の物を盗んで売りさばくわ、子供に手を上げるわ。散々な目に合った。あんまり人の好き嫌いが激しくない桃子だって、このお姉さんは嫌いだ。天罰が下るといい!
この世界に居る神様達に祈る。もうそれしか出来ないから、後は運を天に任せる。せめて気持ちだけは、最後の最後まで諦めないでいよう。
「入れ!」
おじさんの許可が出た。いよいよ審判が下されるらしい。諦めないけど、ちょっと怖い。これ以上痛い思いをするのは嫌だなぁ。
「なんだね、その恰好は? 軍神様はいかがされたのだ?」
「逃げ出したんです。私が捕まえましたけど、抵抗されたのでこのような状態に。見てください、わたしの服もボロボロにされてしまったんですよ?」
「なに、逃げ出しただと? こんな幼い子供がか?」
「えぇ、そうです。もう少しで門までたどり着かれる所でしたわ」
「ふっ、はっはっはっ! いやはや、こんな幼子に逃げられかけるとは。随分と賢い子供のようだ。あの男がおかしなほど気にかけていたのは、これが理由か……だが、その賢さは私にとっては邪魔だな」
あの男ってバル様のことだよね? つまり今回の件には、桃子を攫うことでバル様に対する意趣返しも含んでいたのだ。不穏な気配が漂う。けれど桃子はムカムカしていた。バル様を馬鹿にする奴の言うことなんて絶対に聞かない! 私だってやられっぱなしじゃないんだかんね!
ログアウトを意識していた桃子だったが、大事にしてくれた人に対する悪意に気付いて、火が付いた。大きく口を開けると、大神官に意識を向けているシュリンの腕に噛みつく。
「きゃあっ! 痛いっ、なにするのよ!」
手首をつかんでいる力が抜けた隙を逃がさず、痛む左足を無視してたったか逃げ出す。神殿内は広くて席や柱があるからうろちょろするのに最適だ。これぞ、最後の抵抗である。
「こらっ、逃げるんじゃない! シュリン、何をしている。捕まえろ!」
「はっ、はい!! 待ちなさい!」
「やだ!」
ひたすらネズミのように動き回る。だが、すぐに息が上がる。喉に風が通るとヒューヒューする。苦しい。最初の逃亡でほぼ体力を使い切ったからね。それでも必死に足を動かす。しかし必死の抵抗もむなしく、ものの三分ほどで再びシュリンに捕まった。
「はぁ……はぁ……っ」
「もう、逃がさないわよ。ほらっ、こっち来なさい!」
神官服の首根っこを掴まれてズルズル引きずられる。ぐふっ、首締まってるって! 桃子は首元に両手を入れて、緩めるように小さな努力をした。そうしてるうちに、大神官の前に投げだされた。いたたたっ。
「まったく、ただでさえ、神殿の裏で破裂音なぞというわけのわからんことがあったというのに、お前のような子供にも時間を割かねばならんとは────なんだ?」
桃子達が入って来た側の廊下が騒がしくなった。複数の走る足音が聞こえてくる。そして、その時はやってきた。
扉が外側から開かれて、ずっと会いたかったバル様が姿を現したのだ。その後ろには知った顔がいる。カイとキルマとディーだ。それから十数人の団員が付き従っている。
「バル様! みんなぁ!!」
「……遅くなってすまない。迎えに来たぞ、モモ」
嬉しさのあまりにボロボロと涙が出て来た。久しぶりに五歳児が目を覚ます。迷子の幼児が親に会えた時のように、安心感と嬉しさで涙が止まらない。本能に従って走り寄ろうとしたら、後ろからでっぷりした腕に捕まえられた。
「どこに行く気だ? お前が居るべき場所はここだろう?」
「違う! 私はバル様のとこに帰るの!」
めちゃくちゃに暴れてやる。おじさんの顔を手で押しのけて背中をのけぞらせて抵抗する。うーんっ、放してよ!
「──風の精霊よ、助力を」
突如神殿内で暴風が吹き込んだ。次の瞬間、桃子はバル様の腕の中に居た。バル様の周囲で暴風の名残が柔らかく靡き、緑の精霊がキラキラ光っている。後ろを向くと、おじさんが吹っ飛んで伸びていた。え? 何が起こったの?
「大丈夫か、モモ?」
「バル様ぁぁ!!」
懐かしの美声と、美しい顔が傍にあることに、桃子はバル様の腕の中に帰ってことをようやく実感して、ひしっとその胸元にしがみ付く。
「うえぇぇぇっ! こわかったよぉぉぉっ!」
桃子の中で五歳児の涙腺も決壊した。号泣である。駄目だって、バル様の団服が汚れちゃうよ! そう理性の十六歳が言っても、ここ三日のストレスが大爆発しているかのように、嬉しさやら怖さやらが混ぜられた感情が溢れて止まらない。