42、キルマージ、命に従う
キルマージ視点にて。
キルマージはすんなりと得られた四番隊長の了承に、ほっとするのと同時にやはりという気持ちを抱いていた。ディーカルならば必ず同意してくれると思っていたのだ。
この男は普段はザルで物事を掬うように大ざっぱだが、一本筋を通した騎士道を持っている。その中には、上司としてではなく友の頼みを聞くことも入っていたのだろう。……まったく、普段からもう少しこういう姿を見せていれば、リキットも素直に慕えるでしょうに。
なにかにつけディーカルを叱っては悪態をついてみせるものの、本当は彼が四番隊のトップに立つディーカルを尊敬していることは見る者が見ればわかる。もっとも、慕われているはずの本人はさっぱりわかってはいないようだが。
椅子を軋ませて、バルクライが背筋を伸ばす。その姿はいつも通りに見えるが、眉間にうっすらと浮かぶ皺がモモに対する気持ちを如実に表していた。
「……すまないな。まずこちらの事情を説明する。キルマ」
「はい。ディー、モモが攫われたのです」
「はぁ!? モモって、あのチビッコだよな?」
「誰のことですか?」
事情が呑み込めていないリキットに、キルマが端的に説明する。
「つい最近団長が保護した子供で、ディーには人攫いに遭いかけていた所を助けて頂いたのですよ。今は詳しく話すことが出来ませんが、国王様と対面する予定だった日に攫われてしまったのです。私達はまんまと分散されて、その隙を狙われました。モモは少し特殊な子供で、後4日以内に助けなければ命に関わります」
「もしかして、オレと同じなのか?」
「違いますよ……と言いたい所なのですが、通常ではありえない状態にはなりますね。しかしまだ原因がはっきりしていないのです」
「そいつは残念だ。呪われ仲間が増えたかと思ったのによぉ」
「アホですか。一人で勝手に呪われててくださいよ。それでその子はどこに攫われたか見当はついているんですか?」
「今日までオレの手の者を使って、街の中や外、周辺もくまなく探したがなにも出てこなかった」
「攫われた当日は、眠った子供を抱えた男が門を通ったのを門番に目撃されていました。男は年の離れた妹がはしゃぎ過ぎて眠っていると言ったようですが、黒髪黒目という特徴と五歳という年齢が一致してますので、おそらくそれがモモだったのでしょう」
「じゃあ、外に出ちまってるのか? そうなると探す範囲が広くなるぞ。時間がないなら、すぐにでも隊員の収集をしないとな」
「そう思っていたのですが、神殿に連れていかれたようです」
「根拠が?」
「先ほど、カイがこれを質屋で見つけ出した。あの日、モモに持たせていたものだ」
バルクライが懐から首飾りを取り出した。繊細な鎖の中心に大きな翡翠が付いていた。これは宝石にそれほど詳しくもないキルマージにもわかる。見るからに値打ちものだ。
「あんた、あんなチビッコになんでこんなもん渡したんだ? そこは子供らしく菓子とかにしとけよ……」
高価なものをぽんと渡しているバルクライに、ディーカルは頬をひきつらせた。その気持ちはわかる。もし事情を知らないままだったら、キルマージでもバルクライの正気を疑ったかもしれない。その上、幼女趣味の疑いをもたれても庇えなかっただろう。
バルクライが目を眇める。あぁ、ディーカルの心情を察してますね。頭の切れる人だ。
「ただの装飾品ではない。これにはセージの力が宿っている。オレから離れた時に少しでもあの子の助けになるように、用意したものだ」
セージを常に放出し続けているというモモに、セージを大量に含んだ物を探したのだ。そして見つけたのが、この翡翠の宝石というわけである。モモは知らなくていいことだが、これ一つでキルマージの半年分の給料が飛ぶような値打ちがあるらしい。カイ談である。それを聞いて震えたのは自分だけの秘密だ。騎士団副師団長になっても、庶民の感覚は抜けないものなんですよ。
「そりゃすげぇ。宝石にセージが宿ってるとなれば、目ん玉が飛び出るほど高そうだ」
「いけません! 聞いたら後悔しますよ!」
その時ばかりはディーカルの軽口を止めた。男三人が無言で震えるなんて無様な醜態は晒したくない。えぇ、副団長の名誉にかけて!
キルマージの本気が伝わったのか、ディーカルは肩をすくめて口を噤んでくれた。懸命な選択である。
「値段はともかく、それが本物だという確証はあるのですね?」
「ある。最初はわざと質屋に入れたのかと考えていた。こちらの注意を引いてさらに遠くに逃げようとしているのかもしれないと。だが、神殿内に潜ませていた団員から手紙が届いた」
「えっ!? 神殿内にスパイを? いつからです?」
「大神官が変わってしばらくたった後だな。いい噂を聞かないのが、少し気にかかった。しばらく見張らせて問題がなければ引こうと思っていたんだが」
その前に問題を起こしてくれたわけである。モモが召喚された際も、不穏な動きありとの連絡を受け、古代神殿に馬を走らせたのだ。
バルクライは執務机に広げていた手紙を取り上げて、内容を要約する。
「この手紙によると、黒髪の子供を見かけたとある。だが、大神官の手の者が始終張り付いているため、本人とは接触出来ていないらしい。……しかし、これで証拠は揃った。」
バルクライが椅子から立ち上がった。黒い瞳が苛烈に光る。押し殺しても隠しきれない殺気が閃く。
「四番隊に命じる。決行は深夜。オレ達と共に神殿に向かい、大神官を拘束せよ。抵抗がある場合は死なない程度の武力の行使を許可する」
その命令に、三人は揃って頭を下げたのだった。




