41、ディーカル、休日を潰される
ディーカル視点にて。
ディーカルは酒をこよなく愛する男だ。周囲に下戸が居れば、お前は人生の八割を損してる! と豪語するほどの酒好きである。
しかしその立場と言えば、ルーガ騎士団4番隊長、つまり役付きなのだ。したがって、時には酒を我慢して、ものすんごく我慢して、しぶしぶ、しっぶしぶ、休日出勤なるものをせねばいけない時もあるのだ。これが役職付きの辛いところである。ちくしょうめ。
その日、よっしゃ飲むぞ! と、上機嫌で騎士宿舎にある自室のドアを開いたのが昼飯前。開いた先には、自隊の副隊長が半眼で待ち構えていた。
「おはようございます、隊長」
「げっ、リキット!? お前なんでいんだよ? オレは今日休みだ。や・す・み。だから思う存分酒を飲むんだ。前日の夜から前菜ならぬ、前酒を飲むくらい楽しみにしてたんだぜ。絶対に、誰にも、邪魔はさせねぇ」
「無理ですね。団長から呼び出しですから」
「は?」
ディーカルの頭の中でここ最近やったあれやこれやの騒ぎを思い出す。主に酒関係で絡まれ、殴られかけ、ぶっ飛ばし、酒ビンを投げつけ、ぶっ倒し、等々が思い浮かぶ。いやいや、けどアレの一個はチビッコを助けるためにやったことで、お咎めはなしだったはずだ。
「あんた今度は何したんです? 僕も一緒に呼び出されたんですよ。4番隊にも迷惑かかるんで、いい加減自分の立場と自重という言葉を覚えてくれませんかね。それが無理ってんなら、僕に4番隊を寄こせよ」
取って付けたような敬語が抜けて、本性丸出しのリキットは相変わらず小生意気なガキだ。童顔だから十五、六に見えるが、これでオレとは一歳違いなのだから、おかしい。だがまぁ、オレの補佐ならこのくらい根性がある奴がいい。
ディーカルは内心の声は隠して、思くそ鼻を鳴らしてやった。
「ハンッ。前から言ってんだろ? 欲しければ実力で奪えってなぁ」
「えぇ! その内奪ってやりますよ。あんたの問題行動で後始末に追われたツケを全部払わせてやる。そうなったら、あんたには僕と立場を交換してもらうからな!」
ビシッと指先を突きつけられて、ディーカルはにんまりと笑って挑発を返す。冷静を装っていても実際は短気な奴だから、焚きつけるとすぐ熱くなる。ど素人を伸してはいたが、訓練だけじゃ物足りなかったところだ。
ちょうどいい、こいつが決闘を申し込むなら、ひと暴れしよう。上機嫌になった所で、最初の話を思い出した。
「呼び出しってのは団長室に行けばいいのか?」
「えっ? ……あ、あぁ、そうです」
「これ、隊長からの有難いお言葉な。短気は判断を狂わせる。有事の際には、常に頭は冷やしておけ。オレが居ない時、副隊長のお前が判断を誤れば、部下が危機に陥る」
「……はい」
「無理そうなら言えよぉ。オレがいっくらでも挑発してやるから」
「いるかっ、そんなもの!」
反省するように俯いていたリキットが、瞬時に顔を上げて怒鳴る。これだから優秀な部下をからかうのは止めれないのだ。
それで呼び出しに応じて団長室に来たわけだが、こいつどうしたんだ? えれぇ、殺気立ってんな。隣で殺気に当てられたリキットが動揺したように震えた。さすがに、この空気は小生意気な副隊長も堪えたようだ。
バルクライの執務室は綺麗に整頓されており、執務机には手紙のようなものが置かれているだけで、書類は見あたらなかった。仕事が早い男なだけに、その手紙が今回の呼び出しに関係しているのかもしれない。
「よ、4番隊長、並びに副隊長共に参りました」
「……楽にして構わない。少々困った事態になっている。お前達の力が必要だ。協力してもらえないか?」
妙な言い方をするものだ。団長からの命令なら、たとえ死ぬことになったとしてもオレは黙って従うだろう。それはルーガ騎士団に居る者ならば、誰もが同じようにするはずだ。
バルクライは有能な指揮官である。だから、この男がそう指示したと言うことは、それ以外に本当に道がないのだと想像出来るからだ。そして、命に従い死んだ者をバルクライはけして忘れないと知っているからだ。綺麗過ぎて近寄りがたい顔に似合わず、こいつは意外と情に厚い男なのだ。
「今回の件は騎士団団長の命令ではなく、あんた個人がオレ達四番隊に頼みがあるってことか?」
「そうだ」
「僕はっ、協力します! 団長のお力にあれるのであれば、いくらでも!」
キラキラした目でバルクライを見つめるリキットに呆れながら、ディーカルも同意した。
「副官がだいぶ乗り気みたいだ。いいぜぇ、オレも協力してやらぁ」




