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373、モモ、剣術に見入る~戦える王女様がいるなら、守られる王子様もどこかにいるのかも~

 回廊を通って中庭を通りかかると、そこで十五、六歳くらいの女の子と男の人が剣で打ち合っていた。

 ガンッギンッという金属の擦れた音が青空を切り裂くように響く。


 女の子は長い髪を頭の上で縛り、真剣な表情で男の人に攻め込んでいく。対する男の人は余裕の笑みを浮かべており、剣先を滑らすように捌いている。二人の動きは速く、自然と目で追いかけてしまう。


 桃子が剣技に見入って足を止めると、バル様と案内役が二人に目を向けた。


「鍛錬中か」


「あちらは末姫であられる第七王女様と、女王陛下の第二夫様でございます。姫様は剣に熱心なので、本日もご指南を受けていらっしゃるご様子」


 一進一退の剣技に、桃子は感嘆の声を漏らす。


「大人相手にあれだけ動けるのがすごいよ」


「筋はいい。だが、攻撃する際に動きがわずかに鈍るな」


「そうなの? 私には全然わかんないよ。……あっ」


 バル様に指摘されてじっくり見ても、桃子にはその判断がつかなかった。格好いい姿をひたすら目で追いかけていると、男の人が第六王女姫様の手から剣を跳ね飛ばしてしまった。


 荒い息をついて第六王女様が項垂れると、男の人がなにかを話してこちらに近づいてくる。


 ざっくばらんなくすんだ金髪に太い眉、目尻の切れ上がった青い瞳と高い頬骨から武骨な印象を受けた。年齢は三十七、八くらいだろうか、カシオウ様より年下だがその体格は大柄だ。


「バルクライ殿、もうご到着でしたか。おおっ、もしやそちらが加護者様でございましょうや?」


「ええ、そうです。先ほど、女王陛下に謁見しました。──モモ、こちらは女王陛下の第二夫君だ」


「お初にお目にかかる。ルクルク国へお越しくださり感激の──……ああいや、大変嬉しく思っています。私は女王陛下の第二夫オリグと申す。隣にいるのが末の王女リュドラーナでございます」


 癖のない水色の髪を高く結い上げた第七王女様は、あっけにとられたように涼やかな緑の目を瞬かせる。


「小さい……」


「な、なにを言う、リュドラーナ!? 加護者様に失礼なことを申してはならぬ!」


 ぽつりと零れた言葉にオリグ様が慌てて叱る。


 側で控えていたユノスさんがピクリと身じろぎして、護衛騎士のお兄さん達の目つきが尖った。

 イゼリアさんがまとめる侍女達もざわめき立つように顔を見合わせて、表情を険しくさせている。

 その背後に『うちの加護者様になにか文句がおありで?』 とデカデカと文字が浮かんできそうな雰囲気の悪さだ。


 今の反応からして、リュドラーナ様の反応がよろしくなかったことはわかった。でも、相手は王族でも桃子の本来の年齢と年が近い女の子である。こんなことで関係を悪くしたくない。


 バル様が護衛騎士と侍女を視線で制すれば、王女様が我に返った様子で素早く胸に手を当てて礼を取った。


「申し訳ございません。加護者様の愛らしさに思わず心の声が出てしまったようです。どうかお許しください」


「あははっ、私の姿を見るとみんな驚くので気にしてません。それどころか、愛らしいと褒められて喜んじゃいました。小さい加護者のモモです。剣術のことは詳しくありませんが、リュドラーナ様とオリグ様の指南はすごく迫力がありました!」


 桃子は冗談交じりにそう答える。上手く収めないとジュノール大国とルクルク国の関係が悪くなったら困る。本当に怒ってないしねぇ。


 その気持ちが通じたのか、リュドラーナ様の肩からも力が抜ける。


「まだまだ若輩の身で、モモ様やバルクライ殿下にお見せするには未熟です。いつか、みんなに認められる剣の使い手となるため、精進します」


「立派な志だ。リュドラーナ姫ならば素晴らしい剣士となられましょう」


「ありがとうございます。バルクライ殿下ほどの方にそう言っていただけると、より励まねばという気持ちになりますね。──モモ様も重ねてよろしくお願いいたします」


 リュドラーナ様が凛々しい表情で片膝をついて、右手を差し出してくれる。桃子は笑顔で握手を交わす。この子、すんごくいい子だ!


 こんなに素直で真面目な女の子は異世界で初めて会った気がする。心の中の五歳児はリュドラーナちゃん呼びをして、もう友達として認定だ。


 幼女と末姫の好印象な交流に、オリグ様が安堵したように表情を緩める。


「我が娘の無礼をお許しくださり感謝する。この子は子供達の中でもめっぽう真面目なのだが、どうにも不器用でなぁ」


「オリグ父上、それ以上はお止めください。なぜお客人に私の恥ずかしいことをお伝えしようとするのです!」


「いたたっ、わかったわかった。この父が悪かった!」


 べしべしと父親の背中を強く叩くリュドラーナ様は、眉を吊り上げて顔を赤くしている。可愛い表情は年相応のものだ。


 バル様もその様子が微笑ましく見えたのか、うっすらと口角が上がっている。


「モモ、オリグ殿はもともと他国で将軍であられた方だ。女王陛下とご婚姻後は女王直属兵の総隊長も務められている」


「はっはっはっ、毎日の鍛錬は欠かさず行っていますからな。まだまだ現役ですぞ。バルクライ殿とも滞在中に一つ手合わせ願いたいものですな」


「喜んでお相手いたしましょう」


「おおっ、ではいずれ」


 二人の間でも固い握手が交わされる。オリグ様は気持ちのいい人のようだ。


 リュドラーナ様がふとなにかを気にするように身じろいだ。


「オリグ父上、私達は湯を浴びに参りましょう。お客様の前に立つのなら身ぎれいでないといけません」


「ん? そうか? それほど汗はかいていないのだが……わかったから、そのように父を睨まないでくれ。──バルクライ殿、モモ殿、十分なもてなしが出来ずに申し訳ない。すまないが失礼させてもらう」


 リュドラーナ様が父親の背中を押して去っていく。うなじを擦るオリグ様の袖からちらりと包帯が巻かれた腕が覗いた。怪我してるのかな?


 案内役が再び口を開く。


「それでは、お部屋にご案内いたします」


 侍女が歩き出すと、桃子はこっそりバル様に囁く。


「バル様、バル様、オリグ様と試合をする時は見てもいい?」


「ああ、構わない。あの方とはオレも一度手合わせしてみたかったからな。ああ、それとモモ、先に知らせておくが、ルクルク国に滞在中はオレとは別部屋になるはずだ。一人で眠れるか?」


「たぶん、大丈夫。……私はやればできる子!」


 バル様に心配そうに見下ろされて、桃子はきりっとした顔で宣言する。今日こそは、十六歳VS五歳児の仁義なき戦いを十六歳として制してみせよう。ルクルク国にいる間は、一人でだって寝てみせます!

 

「眠れなければ部屋にくるといい。加護者でも子供であることは女王にも説明済みだ。誰も問題に思わないだろう」


「うん、それは最終手段にするよ。ルクルク国には加護者として訪問しているから、私自身がしっかりしないと」


「オレが相手なら甘えても問題ないが?」


 黒曜石の瞳が柔らかく溶けて、じわりと熱が灯る。

 バル様に自覚はないのかもしれないけれど、こんなに甘やかされては赤ちゃんまで戻ってしまいそうだ。


 桃子は拗ねた顔で、ちらりとバル様を見上げた。


「バル様、誘惑しないでよぅ」


「屈してくれてもいいんだぞ?」


「くっ……屈しません!」


「それは残念だな」


 バル様はからかうように喉の奥で笑うと、桃子を腕に抱き上げた。額をこつんと押しつけられる。

 美形なお顔のどアップはいつまでも慣れなくて、顔が熱を持つ。本気にも冗談にも取れる態度がズルい。すっかり心を捕まえられちゃってるなぁ。


 回廊を通り抜けて隣の建物に入ると、内装が綺麗な青にがらりと変わった。どこか高貴な雰囲気がある。


「こちらの右手にございますのが加護者様のお部屋で、その隣に護衛騎士と侍女の待機場所のご用意をいたしました」


「ありがとう。バル様のお部屋はどこにあるの?」


「殿下のお部屋は、廊下の突き当りを左に曲がっていただいた場所にございます」


 バル様が桃子を抱き上げたまま、目を合わせてくる。


「先にモモの部屋を見てみよう。中に入ってもいいか?」


「うん、どんな部屋なんだろう」


 バル様からまだなにか話がありそうだ。桃子が頷くと、護衛騎士の一人が扉を開いてくれる。

室内を見て、桃子ははしゃぎ声を上げる。


「わぁっ、美人さんが住んでそうなお部屋!」


 廊下同様に、部屋全体上品な青で整えられており、大人の女性を彷彿とさせるつくりとなっていた。

 木彫りのベッドは青と白の配色で、小さな桃子を配慮してか石段で足場まで作られていた。部屋の調度品は、全て幼い子供でも使えるように補助がつけられている。

 大きなドレッサーにも、足の長い椅子が用意されたりと、こんなところにも心配りを感じられた。


「使いにくい部分がございましたら、なんでもご用意するように仰せつかっております」


「素敵なお部屋を用意してくれてありがとうございます! 女王陛下にも私が大喜びしていたことを伝えてください」


「ええ、承知いたしました」


 笑顔でお礼を伝えていると、バル様にベッドの上に下ろされた。


 きょとりと瞬けば、大きな手が耳に触れて横髪を耳にかけられる。優しく触れられて、くすぐったい。

 バル様がささやく。


「しばらくこの部屋で休んでいてくれ。オレは自分の客室に向かう。離れている間に誰かが接触してくる可能性がある。モモの元へ訪問者があった場合も心配しなくていい。すぐにオレの元へ連絡がくるからな」


「じゃあ、バル様は今から釣りをするってことだね?」


「ふっ、そうだな。釣りあげるのは人間だが」


 バル様が餌になって、悪意のある相手を誘い込むつもりなのだ。その為には、桃子が側にいない方がいいのだろう。


 桃子は返事の代わりに、膝立ちしてバル様の胸に抱き着くと案内役にも聞こえる大きさで話す。


「後でお部屋に遊びに行くね!」


「ああ、待っている。──もう一つの客室へ案内を頼む」


「かしこまりました」


 バル様と案内役は、護衛騎士と侍女を半数連れて部屋を出ていくと、ユノスさんが鋭い目で室内を見回す。そうして、残された護衛騎士達に一つ頷いた。


 それを受けて、護衛騎士の一人が服の内側から赤い懐中時計のようなものを取り出した。その中心に目のような文様が彫られている。


手招く死の索敵(デスヴィジョンサーチ)


 中心の青い宝石が光を放って、周囲を覆いつくす。桃子は眩しさに目を閉じると、その光は一瞬で消えてしまう。


 思わずシパシパと瞬きながらユノスさんを見上げる。


「なにをしたの?」


「室内に危険なものがないか魔道具で調べたのです。ご安心くださいませ、この部屋は安全でした。もうおくつろぎいただいて結構ですよ」


「そんな魔道具があるんだ? 作った人もすごいねぇ。あっ、じゃあ、バル様の部屋も調べないといけないよね?」


「あちらの護衛騎士にも同じ魔道具を持たせています」


「そっか。バル様は私より他国に来た経験もあるだろうし、大丈夫だってわかってるんだけど、つい心配になっちゃった。ごめんね」


「モモ様が謝られることなどありませんわ。そのお気持ちがバルクライ殿下には嬉しいものでしょうから」


 イゼリアさんの優しい言葉に、桃子は気恥ずかしくなってシーツの中にすぽっと潜り込んだ。

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