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37、モモ、ご飯の大切さを感じる~さりげない優しさは気づいた人の胸を打つ~

 禊をするために首飾りとドレスを傍仕えらしき女性達に脱がされた桃子は、すっぽんぽんにされて冷たい水をかけられた。さ、寒いっ! 思わずくしゃみをすると、嫌な顔をされる。ごめんなさい。でもあの、もう少し丁寧にお願いしたいよ。


 黙って見つめていると女性に鼻を鳴らされて、ごしごしと乱暴に身体を洗われる。いたた、痛いって! 最後に再び水をばしゃんとかけられた。歯が鳴るほど寒い! ガタガタ震えていると、頭から全身を覆うように大きなバスタオルをかけられて、乱暴に拭われる。


「うぅぅぅっ」


「うるさいわね! まったく、なんだってアタシ達がこんな召使みたいなことを……」


「そうよねぇ。神殿には花嫁修業の名目で来ただけなのに、皿洗いからこんな子供のお風呂までこき使われるなんて聞いてないわよ。その癖お給金も出ないらしいわ。ほんとやってらんない!」


「あんた達黙りなよ。ここじゃ、どこで耳があるかわかったもんじゃないんだからね。あのヒヒ爺の命令には黙って従っとけばいいの。わたしは後一月我慢すれば、出ていけるし」


「アタシは後二カ月も残ってるわよ。この子が持ってた宝石さぁ、売っちゃわない? 給金ももらえない代わりよ代わり」


「いいわね、それ!」


「だめ! あれは、バ、モモのだもん!」


 思わずバル様から借りたものだと言いかけて、慌てて五歳児口調に戻す。あれを売られちゃったら困るよ。弁償出来る当てがない! バル様なら気にするなって言いそうだけど、高価な預かりものなのは事実だし、やっぱり不味い。


 しかしそこで口を挟んだのが良くなかったようだ。すごい目で睨まれた。憎々しいと言いたげな三人は顔を歪める。


「なにこの子。仕方なく洗ってあげたのに、すごい生意気」


「ほーんと、ちょっと良いとこの子供だからって、ここじゃ関係ないんだからね? 黙ってればいいの。あんた告げ口したらどうなるかわかってるでしょうね?」


「ほら、アタシ達に生意気な口聞いて、ごめんなさいは?」


 上から見下ろされる威圧感がすごい。謝らなければタコ殴りされそうだ。荒んだ環境はこうも人を凶悪にするものなのか。うぅ、怪我したら逃げにくいし、ここは要望通りに頭を下げておこう。悔しいなぁ!


「…………ごめん、なさい」


「わかればいいのよ。ほら、拭いてあげるからさっさと服着て。大神官サマと食事だそうよ」


 一緒なんて気が重いなぁ。洗脳の薬とか入ってないよね? ゆっくり確かめて食べた方が良いかな。変な味したら、お腹いっぱいって言って誤魔化そう。


 桃子は身体をごしごし荒く拭われて、モタモタと服を着替える。お子様用に特注したのかお揃いの神官服だ。ちょっと硬い生地なので、あまり高くはなさそう。あのおじさん、治癒魔法の話を聞いた時にも思ったけど、やっぱりケチだ。


 上から下まで繋がったゆったりした神官服に身を包むと、侍女の人達がさっさと部屋を出て行くのを追いかける。歩幅が違うせいで駆け足をしないと置いて行かれてしまう。ふと、バル様達の時には、こうなったことがないことに思い当たる。それは桃子が遅れないように気を付けてくれていたということ。さりげない優しさに気づいて、胸が苦しくなった。


 普通に暮らせていたのは、そう出来るように見てくれていた人達のおかげだったのだ。五歳になったり一歳になったりで面倒ばかりかけちゃってるし、私、もしかしたらこのまま見捨てられちゃうかも……当たり前のように助けてほしいなんて思っちゃいけなかったんだ。でも、会いたいなぁ。皆にもう一度会って、たくさんお礼を言いたいよ。


 心の中で五歳児の桃子が泣いている。けれど、十六歳の桃子は泣かない。会いたいんだじゃない。会うの! 絶対にもう一度、バル様達のとこに帰ってやるんだ! 弱気になる自分を励まして、桃子は開かれた扉の先に足を踏み入れた。


「軍神様、お待ちしておりましたぞ。さぁさぁ、お好きなだけお食べ下さい」


 大神官のおじさんが中で待っていた。丸テーブルにはこれでもかと言わんばかりの量の食事が載っていた。ぱっと見ただけでも、ソースのかかった肉や魚のこってり系が多い。おじさん、これカロリー取りすぎじゃない? バル様達みたいに鍛えてるわけじゃなさそうだし、身体には悪そうだ。


 桃子は促されるままに椅子によじ登って着席すると、大人用フォークをぎこちなく動かして肉に突き刺す。そして、端っこをちょこっとかじってみる。


「むぐ……っ」


 途端に広がるじょりっとしたしょっぱさに悶絶する。ちょっと待って! ざらざらするほど塩使ってるけど、これが神殿の普通なの? バル様のお屋敷ではこんなに濃くなかったよ? うわっ、おじさん、すごい美味しそうに食べてる!? えっ、これが神殿の修行!?


「美味しいでしょう? 私の好みを気に入っていただけたようでようございました。はははっ、まだまだございますから、遠慮なくお食べ下さい」


 おじさんの好みの味付けだったんだ。良かったのか悪かったのか、神殿でもこれは普通じゃなさそう。舌がびりびりして、食べられないよぅ。でも、食べなきゃ怒られるかもしれないし、食べたら身体に悪そうだし、どうしよう。うーん。


 桃子は考えた後に、お水をごくごく飲んで、備え付けられた野菜をひたすら食べることにした。何もかかっていない部分なら大丈夫だ。


「おや、肉はお嫌いでしたかな?」


「うん。お野菜が好きなの」


 にこーっとおじさんにアピールする。本当は魚が好きです。でも、食べられないから、ひたすら野菜を食べる。無心で食べる。私は羊。羊の桃子。草ダイスキ。野菜ダイスキ。


「そうでしたか! では明日は野菜を多めに用意させましょう」


 五歳児だと甘く見ているおじさんはあっさりと騙されてくれた。よかった。これで味の濃い肉や魚を勧められなくてすむ。でも、野菜だけじゃお腹は膨れない。お水をたくさん飲んで我慢しないとね。

 桃子は食事が終わるまで野菜だけを苦労しながら食べ続けた。


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