367、モモ、想像する~外見だけでは人の職業はわからない~後編
「そうだな。どちらがいいと比べるものではないだろうが、その相違点は気になる。あるいは、この世界から魔法をなくせば、モモの世界と同じような方向に進むのだろうか? いや、国家の成り立ちからして違うな。ならば、まったく別の未来に向かう可能性の方が高いか」
バル様は顎に手をやりながら、興味深そうに話す。可能性をいろんな角度から考えているみたい。頭がフル稼働していそうなの。そこでふと桃子は首を傾げる。
「バル様は魔法がない方がいいって考えてるの?」
「いや、そうではない。魔法が消失する可能性について考えている。実際問題として、始まりのルーガ時代より魔法を使える人間は緩やかな減少傾向にあると言われているからな」
「えっ、そうなの!?」
桃子はバル様の言葉にびっくりした。ファンタジーな世界で魔法が消えちゃうって大ごとだよ!
「一部の学者の間では精霊が関係しているのではないか、という意見は出ているようだ。根拠となる情報は少ないため、あくまでも可能性の話だが」
「でも、もし魔法が世界から消えちゃったらたくさんの人が困ることになりそうなの。洗面所だってお部屋の明かりだって魔法を使っているもん」
「ああ、だから、魔法が存在しないというモモの世界と似た変化をしていくのかが気になった。とはいえ、今考えることではないな」
「そう──……ウックシュ!」
返事をしようとしたら、くしゃみが出てしまった。口を手で押えると、バル様の表情が変わった。同じ無表情だけど、さっきよりほんのり固くなっている。
「ベッドで話すか。モモがまだ眠くないのなら、約束通りにロンの話をしよう」
「ロンさんとバル様のお話し! 聞きたいの」
バル様が桃子を左腕に抱っこしながら立ち上がり、寝室に移動していく。揺れの少ない安心歩行である。そうして、ベッドに運ばれて、シーツの中にすっぽりと入れられてしまった。隣に寝ころんで片腕を立てるバル様に頬をよしよしと撫でられれば、はにかんじゃう。大きな手のぬくもりが気持ちいい。ちょっぴりすり寄ってみると、黒曜石のような瞳が穏やかに溶けた。
「ロンの前職について、モモはなんだと予想する?」
「猟師さんかなって思ってるの」
「ふっ、残念ながら違う。ロンはオレが幼少期の頃につけられた元護衛騎士でな。あの屋敷に移る時に執事になったんだ」
「そうなの!? 普段の仕草が執事さんらしいから、そっちはちっとも想像してなかったよ」
「もう十年以上の付き合いになるか。昔、オレがロンの命を助けたことがあってな。それ以来、付き従うようになったんだ。ロンには城で騎士として務め続けた方がいいと伝えたんだが、ああ見えて頑固な男だ。執事としてでも仕えたいと聞かないため、オレが折れた。実際に仕事が出来るのであればと条件をつけたら、短期間で畑違いな役目をこなすようになったのも大きい。今では執事長として、屋敷でよく役目を果たしてくれている」
「もしかして、ロンさんが八の字お髭を生やしているのも執事らしくするため?」
「聞いたことはないが、おそらくはそうだろう。騎士の頃は髭を生やしていなかったからな。口調もそれらしく変えているぞ」
「そこまでするなんて、すごいよ! それじゃあ、バル様とロンさんとどうやって仲良くなったの?」
「関わりが深くなったのは、オレに刺客が向けられてからだな」
「四角?」
「わかりやすく言うと、暗殺者のことだ」
「バル様、暗殺者に襲われちゃったの!?」
思わずシーツをはねのけるように身体を起こす。だって、寝ころがったまま聞けないよね! 目どころか口まで丸く開いた桃子に、バル様がシーツを上げて中に入るようにうながす。風邪を引かないように心配されているのだろうか。目で続きを求めても、無言で首を振られてしまった。……はい、大人しく入ります。
桃子はシーツの中に潜り込むと、バル様の身体にかけておすそわけした。バル様もあったかくしようよ。ついでに、大きな枕を頭の下からおろして腕の中に抱きしめておく。話の続きを聞きたいけどハラハラしちゃうの。
「そ、それで、どうなったの?」
「ああ、深夜に襲撃を受けた。しかし、オレは義母上に扱かれていたからな、ロンと返り討ちにしたぞ。護衛騎士の中にも裏切り者がいたため、苦戦を強いられたが。ロンがオレに付き従うようになったのはそれからだな。後に、暗殺者を送り込んだ者が兄上を支持していた貴族だと判明して、父上と義母上が激怒された」
「二人が無事でよかったの」
「当時はオレも幼かったためその後のことは知らされていなかったが、おそらくなんらかの重い処罰を与えたのだろう」
「びっくりするようなきっかけだけど、きっとロンさんはその時にバル様に命を助けられた恩を感じているんだね」
桃子はスケールの大きな話にすっかり引き込まれてしまった。ロンさんの行動力は並大抵の忠誠心で出来ることではない。バル様にそうまでしてお仕えしたかったのだろう。今のロンさんを見たら、本当に執事さんにしか見えないもん。その裏にある努力がじんわりと感じ取れる。
私も軍神様の特訓を受けたことは、あれをずぅっとするのはまず無理だもん。絶対にお面がズレちゃって、五歳児の顔が出ちゃう気がする。
桃子は子供のバル様と若いロンさんの姿を想像しながら、バル様の話に興味津々の顔を向けた。
「んん……」
その日の夜、桃子はトイレに行きたくて目を覚ました。身体を起こすと隣ではバル様が呼吸音もなく物静かに眠っている。寝ていても美形さんだなぁ。寝ぼけ眼でもそもそと起き上がったところで窓の外でなにかが光ったのが見えた。
そのまま背伸びしてみると、近くの木々の隙間から青い光がチラチラと舞っているようだ。なんとなく気になり、桃子は眠い目を擦ってそれをよく見ようとする。しかしその時にはすでに消えてしまっていた。……寝ぼけてたのかなぁ?
「うーん……?」
「モモ、どうした?」
桃子が短い腕を組んで右に左に首を傾げていると、バル様に声をかけられた。どうやら起こしてしまったらしい。ごめんね、夜中にうるさくして。半身を起こすバル様に、桃子は瞬きで眠気を飛ばそうとする。
「なにかが光ってた気がしたんだけど、気のせいだったみたい。起こしてごめんね。ちょっとおトイレに行ってくるから、バル様は休んでてね」
「眠そうな顔だな。オレが洗面所まで運ぶか?」
「う、ううん、大丈夫だよ」
バル様の言葉に少しだけ目が冴えた。さすがにそこまでしてもらうのは恥ずかしい。桃子はベッドを後ろ向きで降りて、ふらふらと洗面所に足を向けた。バル様が心配して迎えに来ちゃう前にベッドに戻らなきゃ!




