366、モモ、想像する~外見だけでは人の職業はわからない~前編
桃子は桃色のネグリジェに着替えて、ソファにちょこんと座っていた。バル様が洗面所を使っているため、帰ってくるまでここで待つことにしたのである。ベッドだとうっかり寝ちゃいそうだからねぇ。馬車でお昼寝したとはいえ、お子様な身体は全力で遊べるけれど、すぐ眠気に負けてしまうのだ。
なにかやっておけることはないかな? あっ、そうだ! 飲み物を用意しておくの。きっと、バル様も喉が渇くよねぇ。
桃子は大きく頷くと、ソファから降りて、さっそくテーブルに駆け寄る。すると、ベッドメイキングをしていたイゼリアさんがすかさず近づいてきた。
「モモ様、なにかご入用でございますか?」
「飲み物を用意しようと思ったの。自分でやるから、大丈夫だよ」
「いいえ、寝室は整いましたので、私にお任せくださいませ。なにがよろしゅうございますか? ジュース、お紅茶、お水、なんでもご用意できますよ」
「それじゃあ、お水を二人分お願いしてもいいかな? もう口の中を綺麗にしちゃったからね、口さみしくても我慢なの」
「モモ様がそうおっしゃるのでしたら。こちらでお水をご用意させていただきましょう。ソファでお待ちくださいませ」
さっき歯磨き代わりにぷにぷにした弾力性のある洗浄液を噛んだので、口の中もすっかり綺麗だ。いつも使わせてもらっているけど、味にももっと種類があったらいいかも。元の世界では、お子様用に果物系の歯磨き粉もあったのを思い出す。小さい時は私もそれを使っていたなぁ。
そんな風に元の世界のことを考えていたら、トレーに載せられてコップが二つ運ばれてきた。桃子はゴクゴクとお水を飲んで、ぷはぁっと満足な息をつく。思っていたより喉が渇いていたようだ。ルクルク国が熱い気候らしいけど、近づいていくと気温が上がっていったりするのかな? そんな風に考えてながらローテブルにコップを戻して、優秀な侍女さんを見上げる。
「ありがとう、イゼリアさん」
「今日間食を我慢なさるかわりに、明日のおやつには美味しいものをご用意いたしましょうね。モモ様は甘いものがお好みでいらっしゃると、バルクライ殿下のお屋敷に努めているメイド長から、よくよく、それはもうよくよくと聞き及んでございますので」
強調された言葉と硬質な微笑みに、桃子は目を丸くした。……レリーナさん、どんなことをお話ししたの!?
「あ、はは……えっと、レリーナさんからはなにを?」
「モモ様がどれほど素晴らしいお方なのかと、お好きなものなどを少々」
「うちのメイドさんがごめんね!? その、悪い人じゃないんだよ。ただ、ちょっと熱量がすんごいだけで」
桃子は心の中でレリーナさんに語りかける。その説明の重要度は逆だと思うよ! 想像の中でレリーナさんが熱烈な視線と共に「そんなことはございません!」と答えた。うん、本当に言いそうだよぅ。いい人なのは間違いないが、困ったメイドさんである。
「モモ様、謝られなくてもよろしゅうございます。いいえ、むしろそれほど簡単に謝ってはなりませんよ。特に他国では頭を下げるべき場は考える必要がございます」
「私が普通のお子様じゃなくて、ジュノール大国の加護者だから?」
「その通りでございます。モモ様の謝罪にも感謝にも常人より重みがあることを心にお留め置きくださいませ」
「うんっ、ちゃんと覚えておくよ。でもね、もし本当に間違ったことをしたら、たとえ加護者だろうと王様だろうと頭を下げるべきだと思うの。それに謝る方法ってたくさんあるはずだもん。立場的に表立って出来ないのなら裏からごめんなさいって伝えればいいんだよ」
「……それほどにお優しい方だからこそ、バルクライ様のお屋敷の者達はお仕度にも力を入れたのでしょうね」
「自分で出来ないことが多いから、周りの人たちにたくさん助けてもらっちゃってるの。さっきだってお風呂に入るのにも助けてもらっちゃたの」
「なんと温かなお言葉でしょう! 私達は王妃様より選定された侍女でございます。したがって、どのような使用人よりも最上級のご奉仕をさせていただきましょう。さぁ、他に御用はございませんか?」
あれー? 柔らかな笑顔になったけど、イゼリアさんの背後が燃えている。もしかして、お屋敷の使用人さん達をライバル認定しちゃったの!? うん、あの、やる気があることはいいことだよね! たとえそれがお子様のお世話でも。
桃子が自分を無理やり納得させていると、バル様が寝巻に着替えて戻ってきた。イゼリアさんの熱意に圧されぎみだったので、ほっとした気分で両手を広げて歓迎する。バル様が慣れた仕草で抱き上げてくれた。うああああー、ほっとして力が抜けちゃう。くてっと額をバル様の胸元に預ける。全力の脱力! なんか語呂がいいねぇ。ぎゅっとしがみついけば、心がぽかぽかしてくる。バル様は心のホッカイロみたい。
「イゼリア、今日はご苦労だったな。下がっていいぞ」
「さようでございますか。それでは、本日は失礼させていただきます。ご用の際はベルを鳴らしてお呼びくださいませ」
「おやすみなさい、イゼリアさん」
桃子が手を振ると、イゼリアさんが微笑んで一礼して部屋を出ていった。それにしてもベルを鳴らしたら来てくれるなんて、夜も交代で起きているのかな? 侍女のお仕事も大変なの。みんなにもゆっくり休んでほしいけど、他国に親善大使として向かうから護衛は必要なんだろうねぇ。
テレビでも重要な人物にはSPが付いているのを見たことがある。つまり、護衛の騎士さん達はそれと似た存在だろう。もし、バル様がSPだったら、スーツ姿でサングラスをかけて銃を片手に護衛対象を守るのかな? 私も同じ格好をしてみたい。背中合わせでレリーナさんをお守りするの。
想像の中で、桃子達がポーズを決めた。楽しそう! 想像の中でバル様が輝いて見えた。思わずぽんわりしていたら、バル様がソファに座って片膝に乗せられた。そうして、コップをゆっくりと煽る。ちょっぴり、バル様のお役に立てたみたい! 嬉しくなっていると、バル様に頬を撫でられた。
「機嫌がいいな」
「バル様と一緒にいられるからね。バル様はどんな格好をしても似合うけど、私の世界のスーツっていう服も格好良く着こなせそうなの」
「それはどんな立場の者が着るんだ?」
「一般的に働いている人だけじゃなくて、護衛のお仕事をする人達も着ているイメージかな?」
「護衛騎士のようなものか? モモの世界では普段の服装もこちらの世界とは違うようだな」
「同じ服もあるよ! たとえばキュロットスカートとか、ワンピースなんかは基本の形が一緒だし、日常的に着ている子も多いの。ただ、国によって伝統的な衣装もあるから服の種類がすごいんだよね。バル様の正装は、海外の歴史の中で似た形があるし、物語の中とかテレビ……劇で出てくる感じかな? そもそも元の世界では魔法はなくて代わりに科学が発展していたから、歴史の歩み方もずいぶん違うよねぇ」




